女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

映画監督特集

2012年10月13日

特集 「ミヒャエル・ハネケの幻影城」 
71フラグメンツ(1994年 社会派映画)

Pocket
LINEで送る

監督 ミヒャエル・ハネケ

愛を語るハネケ 

出演者を書いてもほとんど意味がないので省いた。頻繁に場面が転換し外国人の名前の羅列になっても混乱するだけと思えるので。断片だけからしか現実は理解できない、というのがハネケの持論だから、俳優たちは無残なまでも解体されて物体のように扱われる。特定した俳優のクローズアップもないし…少なくとも「感情の氷河期」の3部作ではね▼ちょっとハネケの製作活動を閲覧してみよう。1989年初めての長編映画「セブンス・コンチネント」で初監督デビュー、47歳だった。1990年代に入ると「ベニーズ・ビデオ」(1992年)「71フラグメンツ」(1994年)「ファニーゲーム」(1997年)「カフカの城」(1997年テレビ映画)2000年代に入り「コード・アンノウン」(2000年)「ピアニスト」(2001年)「タイム・オブ・ザ・ウルフ」(2003年)「隠された記憶」(2005年)「ファニーゲーム∪・S・A」(2008年)「白いリボン」(2009年)「アムール」(2012年)▼ハネケは今年70歳だ。監督デビューから23年間で12本。遅いスタートだったことを思えば高密度な製作だろう。「コード・アンノウン」からフランス映画に進出し、女優陣もジュリエット・ビノシュやイザベル・ユペールらが加わり、自分でリメイクした「ファニーゲーム∪・S・A」にはナオミ・ワッツがハネケ・デビューした。これらの映画を見渡してあらためて「人間に幻想をもつべきではない」という軸足からハネケはひとつも、死ぬまで動くつもりはないのだと確信した。彼にとっては愛や信頼と同じく、破滅やウソや裏切りやインモラルや暴力にもきちんと光を充てないと「人間を理解することにはならない」とばかり、ビシビシ辛口の映画を作ってきた。ロマンスとメロドラマからこれほど距離をおいた監督も久しぶりだ。かつてはあの容貌からして苦味走ったミケランジェロ・アントニオーニがいたけどね。でも2012年カンヌ国際映画祭で、2度目のパルム・ドール賞を受賞した「アムール」(愛)は「妻に捧げたい。面倒みてもらわなくちゃいけないから」なんていって会場を笑わせていましたよ▼本作のテーマはいくつかあるでしょうけど、そのうちのひとつにメディア受けする「コミュニケーションの不在」がある。ジャンル映画というものがあるけど、もし「人が嫌がる映画」と呼ぶジャンルがあるとすれば、開拓した栄冠はむろんハネケのものだ。カメラの長回しも異常だ。ヒッチコックが11分もカメラを回し続けて俳優は倒れそうになったというのがあったが、本作でそれに該当するのは卓球のシーンだ。あくびがでるほど数分間にわたって大学生がラケットを振っているのだ。もちろんワン・シーンですよ。映画の構造の秘密は「長さにある」とハネケが言う以上は、これもなにか意味があるのでしょうか、全然よくわかりませんけど▼こういう、だれもがたぶん、ハネケ映画で「またか」と感じる脈絡不明のシーンがタイトルのごとく「71断片」にもわたって連続するのだ。映画の冒頭「1993年12月23日。19歳の大学生マクシミリアン・Bはウィーン市内の銀行で3人を射殺、直後に頭を撃ちぬいて自殺した」というテロップが入らなかったら、本当になんの映画かわからないだろう。射殺された3人の過去から現在へのプロセスが、この映画で描かれる内容だ。東欧から亡命した少年。彼はドイツ語が喋れず、身振りで物乞いし、公園でジャケットを盗んで寒さをしのぐ路上生活者だ。あるシーンでは警備会社に勤務する夫がいる。彼が起きると妻はパジャマのままキッチンでお湯をわかす。赤ん坊は病気らしい。妻は疲れきっていて夫婦の間にも会話はなく、冷たい隙間風が感じられる▼銀行が混雑している。年金支給日で朝から高齢者が並んでいるのだ。1人の老紳士が窓口に並び、担当の女性が紳士を受け付けている。紳士は女性の父親だが「パパ、いま忙しいの。夜電話して」女性の対応は事務的だ。父親は夜、長々と娘の家に電話する。孫の話が延々と10分くらい続く切り替えなしのワン・シーン。セリフにして何ページになるだろう。また別のシーンでは大学で学生たちがパズルをしている。三角形の切片を組み合わせ1分で十字架を作る。時間切れになった学生(卓球をしていた学生)が頭にきて三角の切片を引き破る。銀行で発砲するのはこの切れやすい学生である。またちがうシーンでは、施設から養子をもらった夫婦が悩んでいる。養子の女の子がひとつもなつかないからだ。夫婦は警察に保護された東欧の少年をテレビでみて、少年をひきとることを決める。テレビからはマイケル・ジャクソンの児童虐待のニュース、サラエボの紛争などが無機質に流れていく。大学生はガソリンスタンドで給油し、金がないのがわかって、近くの銀行に入るといきなり銃を乱射して3人が射殺される。被害者や目撃者は、たまたま東欧の少年と銀行に寄った主婦であり、銀行の警備員であり、老紳士であり、71の断片が一挙に集結してラストになだれこむ▼本作に登場する人たちは、みな幸福がやってきそうもないのに健気に生きている普通の人々だ。たとえいつわりの瞬時の幸福であっても「ないよりまし」と思って生きている。それが哀れな幻想であるとしても否定することも奪うことも、だれにもできないはずだ。芸術とは人を幸せにするためにある。人生にも人間にも幻想は持つべきではないが、悪や偽りに対する反抗だけで人間の勇気や愛情が描き足りるわけでもないだろうし、感情が豊かになるわけでもないだろう。コミュニケーションの不可能など、今さら特別なことでもなんでもない。まともな大人なら日常いやというほど思い知りながら人生を閲してきた。ハネケ。観客はもうそろそろあなたの「愛」をいっしょに語りたいと思い始めている。反意語でも対位法でもなく叙情という共感語で。「アムール」がそんな映画であってくれたらよいと思うが。

Pocket
LINEで送る