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映画監督特集

2012年10月18日

特集 「ミヒャエル・ハネケの幻影城」 
白いリボン(2009年 社会派サスペンス映画)

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監督 ミヒャエル・ハネケ

出演 クリスチャン・フリーデル/ズザンネ・ロータ

ハネケというブラックホール

殺意、嫉妬、虐待、暴力、不倫、復讐、抑圧、なんでもありのこの映画。こうなると「白いリボン」はハネケの総集編ですね。ブラックホールというか、なんでもかんでも人間の悪意と残酷をすべて飲み込んで「ええー、ひどい、ひどい。なんでこんなことするの。だれだ、犯人は」と息せききって引きこまれているのに、最後は「ハイおしまいよ…」なのです、ハネケのいつもながら、の手なのですけど▼今回ろくな男が出て来ませんね。ハネケは、お気に入りの女優イザベル・ユペールが主役だったからというわけでもないだろうけど、たとえば「ピアニスト」なんかユペール扮するヒロインに対して、辛辣ではあったけれど卑しい女には描いていないのよね。母親の異常な独占欲と抑圧を濃厚な放射能みたいに浴び続けていたら、そりゃああなっても仕方ないか、という同情と共感さえあった。「タイム・オブ・ザ・ウルフ」では子供ふたり抱えてサバイバルする母親がイザベル。立派よ。卑しいどころじゃありません。でもこの「白いリボン」に至ると男たちはもうケチョンケチョンよ。冒頭のシーンで針金に馬の脚がひっかかって落馬して骨折、入院した医師がいる。村でただ一人のお医者さん。それがとんでもない代物なのだ。長い間関係のある隣の家政婦(ズザンネ・ロータ)に、退院してきてさっそくセックスをすませたのち、こう言う。ちょっと長いけどこの映画の中心軸だから引用しますね「君(家政婦)に飽きたのだ。正直ウンザリだ」「わたしが何を?」(家政婦が質問すると)「何をしたかじゃ、ない。お前は醜く汚くしわだらけで息が臭い。フヌケの死人のような顔で見るな。もう疲れたのだ、他の女を思いながらお前と寝るのは。いい匂いがして、若くてシワひとつない女。だが私の夢想は叶わない。結局またお前が相手で反吐が出る思いがして、自分がいやになる。その繰り返しだ」「今までずっと?」「ああ、もう何年も」「その陰険さがあなたの不幸の原因ね。わたしは美人じゃないし、口臭は胃潰瘍が原因だとご存知でしょう」「妻の死後痛みのはけ口が欲しかった。相手は牝牛でもよかった。娼館は遠いし、2ヶ月に1度では年を取ったとはいえ、不十分だ」「なぜわたしを見下すの。萎えた息子を立たせたいから? 自分の娘に触っているのをみても黙っているから? あれほどひどく扱った奥さんを愛していたというウソを信じてあげたから? 汚い仕事を引受け子供の世話をし、治療も手伝ったわ」「黙って死んでくれよ」▼これじゃどこかで落馬もさせられるよね。つぎにプロテスタントの牧師さん。小さな貧しい村で彼の権力は強く大きい。そのしつけの厳しいこと。自分の娘でも教室に立たせたままネチネチ叱るので、娘は貧血を起こして倒れてしまい、復讐のために牧師が可愛がっていた小鳥を刺殺し、父の机の上に小鳥の羽を広げ磔みたいにして置いておく。彼の説教は子供をみじめにさせるだけでひとつも勇気を与えない。彼と話していて楽しいどころか「病気して死ぬぞ」なんて長男は脅されるのだ。そら年頃だから自慰だってするでしょうよ。やりすぎて痩せてきた、ぼんやりしている、衰弱して死ぬぞ、なんて父親にいわれたら、思春期の男は命がいくつあっても足りません▼村いちばんの富豪の男爵家では奥さんが子供を連れて実家に帰った。この息子は行方不明になったり池に突き落とされたり、村の子供達からいじめにあう。母親は家の中が暗くて笑ったこともない息子が不憫で仕方ない。実家にいるうち好きな男性ができて男爵に別れてくれと頼む。男爵は居丈高にののしるが奥さんの理由はこうだ「彼はわたしを大切に扱ってくれるし、子供が大好きよ。言いたくないけどあなたといっしょにいても少しも楽しくないの。この家を支配しているのは悪意や、無関心や、嫉妬や暴力よ。脅迫だの、迫害だの、復讐だの、わたしはウンザリなの」▼ことほどさように主要登場人物の大人男性3人は、語るに落ちる存在としてハネケは描く。彼が本当に観客に与えたいのは、これら欺瞞家にしてゴロツキ同様の人間をわたしたちの前に座らせ「さあ、どうだ、どう思う。君はこんな人間になりたいか」そう質問してわたしたちの反応を自己確認させることだ。彼のやりかたはいつも対位法だから。家政婦はある日「犯人がわかったの、町の警察に届けにいくの」といって、着の身着のまま自転車で走り去ってから帰ってこない。心配になった教師が家政婦の家に残されているはずの知恵の遅れた男の子(失明するほどのひどい虐待を誰かから受けた)の様子をみにいくが、だれも中にいる様子がない。窓から近所の子供たち(牧師の家の姉弟ら)が覗きこんでいた。なにか知っているふうだ。妙なことに前後して医師一家も医院をたたみどこかに引っ越した。性的虐待を受けていた姉娘も、いっしょに連れて行かれた。北ドイツの小さな村で生じる奇妙な事件は医師の落馬に始まり、納屋の放火、作業場での事故死、子供の失踪と傷害、性的虐待、徐々に波紋を広がり、殺人になっていてもおかしくない気配だ。それには抑圧され虐待される子供たちが深くかかわっている。時代は1913年。第二次世界大戦勃発前夜だ。ヒューマン・ビーイング(人間であること)の手応えをしっかりつかむというか、ギュッとつかまえるというか、そのためにはこういうブラックホールみたいなやりかた、悪意も虐待も軽蔑や暴力や差別やらをどんどん内側に引きずり込んで逃がさない、果てしない連鎖と無限地獄を設定する、そんな手法がいちばん適しているのかな。自分のそんなスタイルへのハネケの自信って「白いリボン」がいちばん強烈だった。母語ドイツ語でつくっているせいかもしれない。ドイツ語で思い出した。家政婦役のズザンネ・ロータ。「オリエント急行殺人事件」でドイツ人の貴族婦人ヒルデガルト・シュミットを演じました。ハネケ映画の名脇役で「ファニーゲーム」「カフカの〈城〉」でもお馴染みです。

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