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映画監督特集

2012年10月19日

特集 「ミヒャエル・ハネケの幻影城」 
カフカの「城」(1997年 文芸作品)

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監督 ミヒャエル・ハネケ

出演 ウルリッヒ・ミューエ/ズザンネ・ロータ

ハネケの挑戦

ハネケの特集シリーズの最後は「カフカの〈城〉」です。これはテレビ映画として作られました。キャスティングは主人公Kにウルリッヒ・ミューエ、Kと婚約するフリーダにズザンネ・ロータ。ハネケの手法を知り尽くした役者さんたちですね。原作はタイトル通りカフカです。カフカの小説とはもともと夢みたいな構成ですね。物語とかドラマとかを期待できない。この体質はハネケに通じます。カフカは同じ女性と2度婚約しどちらの場合も結婚に至らず(病気のせいもありましたが)、でもすぐ異なる女性と仲良くなります。優柔不断かと思うと案外そうでもないのです。このあたりのアプローチは「城」のKによく現れていました▼そもそもなぜハネケはこれを映画化したのだろう。有名な小説だったからか。難解で実存主義のさきがけといわれる文学にひきつけられたのか。自作の映画で答えを出さないハネケとしては「原作はここで終わっている」という愛想もコソもない終わり方こそ、ぜひともやってみたい究極のエンドシーンだったのか。いくつか推測はできるけど、ハネケは「城」を映像にしたかった。まずそれが彼の映画作家としての最大のチャレンジだったと思うのです。カフカの小説世界の解釈というより、映画言語への翻訳こそが彼の心底わくわくする挑戦でした▼考えてもみよう。Kは吹雪の夜村にたどりつく。例によって主人公はKというだけで、名前もろくに与えられない。Kは城主に雇用された測量技師だ。原作では城はそこに見えており、田舎家が集まったような場所にただひとつ塔がある。Kは城のある山に通じているはずの道を歩き出すが、塔は遠ざかりもしないが、近づきもしない、どこまで行っても道は終わろうとしない。城にたどりつくために際限ないトラブルが生じ、出会う人とは理解しあえず、中傷をこうむり、からまわりする複雑な人間関係。語り尽くせない真意。注ぎこまれる悪意。Kを助ける存在なのか邪魔する存在なのか、寝所にまでつきまとう助手がふたり。外は吹雪。測量の仕事を始めないと故郷には帰れない。金もない。Kは困惑しているはずなのに、いやそれだからこそか、会ったばかりの女と寝て唐突に婚約し、女はここでKが学校の用務員になればせめて住む所ぐらいできるという。測量技師なのにKの機材は届く様子もない。まったくもって非現実そのもので、けっこう調子のいい、成り行きまかせみたいなところのあるカフカの想念。なおかつ見よ。雪に閉ざされた寒村には不条理の嵐が吹き荒れておるのじゃ~と言いたくなる小説を映像化するなど、無茶苦茶やろ。でもハネケはやっちゃったのだ▼ハネケは目の人でありこの映画は目の仕事です。文学と映像は違う。言語という、頭のなかで思う存分イメージを発酵させる媒体と違い、映画は映像という見たまま、見えたままが「ハイそれまでよ」という限定つきだ。そんな限界を抱えつつ作家は自分の脳内にある伝達すべきものを映像に置き換えねばならない。それがメロドラマでも戦争ものでもなく、想念に始まり想念に終わる作家、カフカである場合は、どんな映像で表現できるのだろう。以前オーソン・ウェルズが映画化した「審判」という傑作があったが、あれは少し幾何学的すぎた。1日に2度も恋人に手紙を書くカフカというやつは、はたしてあんなメカニックな映像がふさわしかったのか…ハネケがそう考えたとは言いませんが「おれならどうする?」…一度は取り組みたい最適の作家だったにちがいありません。ハネケはカフカの一言一句、というより、自分がカフカの小説から得たイメージの一分一厘を映像におきかえるために、爬虫類のような舌なめずりをしながら接近している。Kが迷い込んだ場所は、さんざんいろんなできごとがあり、いろんな人間が登場するが、なにか事件が起こって結果がでたわけでもない、だれかが解決を示したわけでもない、Kが具体的な行動を起こしたわけでもない、彼がうろうろと傍観しているうちに「城」という世界は夢から覚めるようにプツッとエンドになる。「城」は未完ですが、何年書いても完結はしなかったでしょう。そもそも未完という形がこの世の現実にはいちばんふさわしいのだと、カフカもハネケも承知のうえなのです。現実のなかにある真実は断片でしかあらわせない、というのがハネケの信条じゃないですか。本作中ひんぱんに現れるブラック・カットはハネケの原作への忠実な密着であり、カフカのこの小説ほど映像に対するハネケの欲望と挑戦が露出した作品はないと思えます。

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