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特集「ディーバ(大女優)」

2012年11月1日

特集 ディーバ(大女優) キャサリン・ヘプバーン 
赤ちゃん教育(1938年 コメディ映画)

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監督 ハワード・ホークス

出演 キャサリン・ヘプバーン/ケーリー・グラント

女優創生期 

映画史からいえば本シリーズ「ディーバ」のトップにくるのは本来キャサリン・ヘプバーン(1907~2003)です。彼女の同時代人をあげれば、ジョン・クロフォードとグレタ・ガルボが2歳上、ベティ・デイビスが1歳下、ジェシカ・タンディが2歳下、マレーネ・ディートリッヒ6歳上で、イングリッド・バーグマンが7歳下。キャサリンは96歳で亡くなりました。1世紀近い彼女の人生は、リュミエール兄弟が映画を発明した1895年を映画の誕生とすれば、映画史の歩みと重なります。まさに大河のよう。それと…なんというかアカデミー主演女優賞4回という前人未到の業績もさることながら、他の女優のようにひとつもマスコミにでないこと、いや映画にさえ出演しなくなっていたのに、出たらオスカーをとってしまうなど、ちょっとかけ離れた感じがあり、偉大であるとともに近寄りがたく馴染みにくい存在でありました。しかし「ディーバ(大女優)」シリーズに登場する女優さんが増えるにつれ、キャサリン・ヘプバーンをそのままにしておくことは、宿題がだんだんふくれあがってくるような気がして、思い切って向き合うことにしました。いやー、打ち明けていうとキャサリンの映画を映画館でみたときは、彼女は「冬のライオン」(61歳)でしたからね。本作や「フィラデルフィア」は31歳~33歳のときです。かまぼこ板みたいに四角くて広い額がまず目にとびこんできます。鋭い視線。キャサリン、デイビス、クロフォード、ガルボ、ディートリッヒ、このあたりを勝手に女優第一世代と位置づけていますが、そろいもそろって彼女らの目付きは戦闘的。歩き方は速歩的。動作は機敏なうえ声は低いにせよ高いにせよ、いくらでも大声が出てニコリともしない。創生期独特の極彩色キャラが闊歩していました。まるで恐竜時代です▼1930年代とは大恐慌が始まった時代、大衆はふんだんに盛り込まれた笑いと、愚にもつかない行為をスクリーンに現したスクリューボール・コメディでうさを晴らした。1937年から40年にかけて多くのスクリューボール・コメディがつくられた。「生活の設計」「新婚道中記」「赤ちゃん教育」「素晴らしき休日」「フィラデルフィア物語」などざっと24本にもあがる。ケーリー・グラントもキャサリン・ヘプバーンも、ハワード・ホークス監督もスクリューボールのスタイルにうってつけだった。確かに内容はいまからみるとハチャメチャだ。本来なら見るに耐えない退屈とありきたりのストーリーだ。それを最後まで観客を力づくで、ぐいぐい引きずっていくのは、ほかならぬ俳優たちの体技である。キャサリン・ヘプバーンのどうっと転ぶためらいのなさ、ケーリー・グランドの動物的な身体の移動、彼らは若さにまかせ、同時代の体をつかわない演技派があきらめるしかない、勢いとスピードで銀幕を行動した。奔ったといってもいい。女王陛下から庶民に至るまでなぜ人は競馬に魅了されるのか。馬か。その美しさもある。しかしそれは奔る馬だからだ。それくらいスピードとは人を魅了する要素なのだ。監督のハワード・ホークスは荒唐無稽なものを納得させるには、緊密なきびきびしたプロットの連続であり、それを組み立てる能力に恵まれていた▼しかもスクリューボール・コメディは社会を弾劾する批判の映画ではなく、社会秩序を安心させる映画だった。ヒロインはたいてい金持ちの令嬢で傲慢ではあっても愛嬌があり、最後には無害だとわかる。男は女にふりまわされるが結果的に女を受け入れめでたく結婚にいたるメロドラマのコメディ版だった。この安心できる喜劇のスタイルが、経済のおちこんだアメリカで、ハリウッドの黄金時代を築いたことは故なしとしない▼タイトルにある「赤ちゃん」とは豹のベイビーなのだ。キャサリンは自伝「Me」(文藝春秋社・芝山幹郎訳)で「脚本はよくできていた。ケーリー・グラントはすばらしかった。私もよいできだった。なにより豹が最高だった」と満足気である。若き古代生物学者デイヴィ(ケーリー・グラント)は博物館で恐竜の骨格再現にあたっている。100万ドル寄付してもよいという女性の篤志家がいるときいて早速会いにいく。豪邸で出会ったのは篤志家の姪にあたるスーザン(キャサリン・ヘプバーン)。わがままなスーザンに邪魔され、寄付の話は一向にまとまらない。そこへスーザンの兄がブラジルから「ベイビー」を送ったという電報が届く▼しかしキャサリンは1937年、興行主たちによる独立配給社協会から「客を呼べないスター」という烙印を押された。そのせいで映画会社はいっせいに「ポイズン」から手を引き、出演させるにしても格段に格下のギャラを提示した。キャサリンも例外なく冷遇された時期がある。しかし困難の時をそのままで終わらせないのが「ディーバ」なのだ。彼女は大ヒットを放ってスクリーンに復帰する。それが「フィラデルフィア物語」だった。

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