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特集「ディーバ(大女優)」

2012年11月2日

特集 ディーバ(大女優) キャサリン・ヘプバーン 
フィラデルフィア物語(1940年 コメディ映画)

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監督 ジョージ・キューカー

出演 キャサリン・ヘプバーン/ケーリー・グラント

いい女の要素

ロバート・スクラーは著書「映画がつくったアメリカ」で、スクリューボール・コメディの果たした役割をこう書いている。「特に女性にとってこのメッセージは有効だった。(略)登場人物たちにあわや社会秩序を破るところまでやらせ、つねに適当なところでストップをかける。それらの映画は社会秩序に決して挑戦はしなかったが、それでも観客に社交スタイルのまったく新しいビジョンと人のありかたについての異なったイメージを与えた。たとえセクシーにみえたり、奇妙にみえたりしても愉快な気分を楽しむのはまともなことであり、能なしの気分屋をへこませ、陽気に楽しく気楽な振る舞いをするのはよいことであり、お上品さをかなぐりすてるのはよいことなのである。楽しみを求める人間がいかに魅力的かを何度も繰り返すことによって、これらの作品がそれなりに文化を変える一因をなしたことは疑いがない」▼そのひとつ「フィラデルフィア物語」はどんな映画だったか。呆然なのだよ。夫婦喧嘩のシーンから始まるけど、ケーリー・グラント扮するデクスターが玄関から突き出され、彼の身の回り品がポンポン飛び出してくる。続いてヒロイン、トレーシー(キャサリン・ヘプバーン)登場。長身である。デクスターを切れ上がった目でにらみつけ、ゴルフのクラブを一本「バシッ」膝に当てへし折る。こわ~▼「フィラデルフィア物語」はキャサリンの友人が書いた作品で、彼女は舞台化するとき自己資金を投資して権利を買い取った。映画化の話がもちあがったとき、彼女は条件を聞いて映画化権をMGMに売り渡した。その条件とはトレーシー役にヘプバーン、監督にジョージ・キューカー、共演にケーリー・グラントとジェームズ・スチュワート。この映画は「客を呼べない女優」と名指されたキャサリンが、企画段階から参加し、投資もし、監督・共演者に納得もして臨んだ起死回生の一作だ。アカデミー賞に「作品」「監督」「脚本」「主演男優」「主演女優」「助演女優」6部門にノミネートされ、作品賞と主演男優賞に輝いた。キャサリンは受賞こそ逃したが好調な興行成績によって、みごと壁を破ったのだ▼舞台劇であるだけにセリフが聞かせる。磨きぬいたセリフが脚本賞を取ったと言える。今もトレーシーを愛しているデクスターは、誤った結婚をしようとしているトレーシーにこういう。見落としてはいけない映画の核はここだ。結婚式に招かれてもいないのに姿をみせた前夫に「どうしてここにいるの。いますぐ出ていって」とつっけんどんにいうトレーシー。その場には婚約者が同席している。気をきかして席を外そうとする婚約者を、前夫は「いや、聞いておいてほしいのだ」と止め、トレーシーに「元気そうだな。言葉にはトゲだらけ。公明正大な女神だ」「なんのために来たの?」「今の君は最高だ。金の力には驚かされるね。金持ちだと世界がちがうな」トレーシーはフィラデルフィアの上流社会の娘である。デクスターは婚約者に「トレーシーは甘やかされてきた。たぶんこれからもね」含みのある言葉に「わたしの話はしないで」「いやなのか? 信じられん。自分が大好きなくせに」デクスターは婚約者に続ける「トレーシーは寛大な人間さ」「ええ、わたしは寛大よ」「自分自身にね。その寛大さはぼくの病には気がつかなかったけど」「わたしとあなたの病は無関係よ」「結婚したらぜんぶ二人の問題になる。だけど君はぼくを無視した」「あなたに魅力がないからよ」「ほら、彼女は人間の弱さを否定するのさ。人の不完全さを許せないのだ。気づいたのさ、ぼくは。彼女がぼくに求めるのは、愛ではなく女神への忠誠だったのだ。だからぼくは酒に走った」「わたし女神になんかなりたくないわ」「気がつかないのか。君が酒に酔って屋根にあがったとき、裸で月を仰いでいたよな。妖怪のように! 君は自分をどう思う」「なんとも思わない」「結婚するときいて驚いたのだ」「貧乏から抜け出た強い人をあなたより愛しているわ」「いや僕の身代わりだろう。君は最高の女性だが君のなかの何かが好きになれない。君のいう強さと弱者への偏見と心の狭さだ。君が弱さを受け入れないかぎり、一流の人間にはなれない。失敗すればわかる。でも女神には無理だろう。君は既婚の乙女という新種の人間なのだ」▼トレーシーはコテンパンにやられたところへ父親が来る。女をつくったことが許せないと、トレーシーが母親に無理強いして家を追い出したのである。その娘に父は「お前は美しい。頭もいいし健康そのものだ。しかしいい女の要素が欠けている。慈悲深い心だ。それなしじゃ銅像と同じだ」ジェームズ・スチュワートの新聞記者がからんだ三角関係に、なりそうでならないところもうまい。キャサリンは「兄妹」とも「最高の親友」とも「家族」とも呼ぶジョージ・キューカーと10本の映画を撮っている。キャサリンに初めて映画の仕事を与えたのはキューカーだった。彼は1983年83歳で逝った。キャサリンが自伝を書き始めたのは80歳を過ぎてからだ。キューカーの死後たぶん4、5年後だろう。そこにしみじみとした追憶の一行がある。これだ「会いたいよ、ジョージ」

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