女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「ディーバ(大女優)」

2012年11月3日

特集 ディーバ(大女優) キャサリン・ヘプバーン 
旅情(1955年 恋愛映画)

監督 デヴィッド・リーン

出演 キャサリン・ヘプバーン/ロッサノ・ブラッツイ

 

ラブロマンスの一級品 

アメリカ人のジェーン(キャサリン・ヘプバーン)が地方都市の小さな会社で秘書をしながら、大切に貯めたお金を使って、夢に見たヨーロッパ旅行にきた。クレジットのバックにでるイラストがコミカルだ。デヴィッド・リーンは「戦場にかける橋」とか「アラビアのロレンス」とか「ドクトル・ジバゴ」とかの重厚さで知られるけど、もともとラブロマンスでカンヌ国際映画祭グランプリをとった監督だ。第一級の恋愛映画を撮るのはすこしもおかしくないのだ。イラストはよくみるとこれから始まる映画の主なシーンで、一人だけワインレッドのコートをきた女性が描かれている、それがキャサリンである▼ホテルの女主人が奨めるチンザノと、自分が持ってきたバーボンを半分ずつグラスに入れ「友好のために」乾杯。ジェーンは海外にきた理由を「心の奥で求めているのは奇跡…失った時間をとりもどすことかな。わたしはオバンよ」「年齢は財産よ」と女主人。陰気臭い芝居で独身女性の孤独感をつのらせるキャサリン。ホテルのそばを流れる運河、ゴンドラ、円月型の橋を歩くのはみな恋人たち。ジェーンはやるせなくて涙がでる。はるばる奇跡と失った時間を取り返すためにベニスまできたのに、自分がやっていることは運河のほとりにしゃがんで魚をのぞき、まわりにいるのはハトの群れだけ。恋人が、男がいない女の人生とは価値のないことなのだ、ああ、つまらん。ホテルの同宿者に「大勢で賑やかに飲まない? 今夜はわたしのおごりよ」ともちかけても、ベニスまできてなんでオバハンと飲まんといかん「予定があるので」と体よく断られますます落ち込む▼こういうシチュエーションが丁寧に織り込まれたあと、ついにジェーンは赤いゴブレットにひかれて入った骨董屋で、そこの主人レナートと知り合いになる。レナートはジェーンが好きになりキスしようとすると「いけないわ、こんなこと、もう会わないほうがいいわ」「なぜ? 二人が会って愛を感じた、そのどこが悪い」というジレジレのエピソードの挿入がいくつかあり、いつまでも少年少女はやっておれん、と男はズバリ口説きにかかる。これがもうイタリア男の堂々たるいい加減さなのだ「君は美しいベニスでゴンドラに乗り、甘い歌に酔い、若くて金持ちで独身男との素敵な出会いを夢見た。わたしは既婚者で若くもなく財産もなく美男でもない。しかし男だ。君は女だ。汚いとか不倫とかケチをつけず空腹ならあるものを食うことだ」ジェーンのガードはまだ堅い「わたしを軽くみないで」「なぜそう難しく考えるのだ。愛は考えるものではない。肉しか食べないというのではなく、肉がないならラビオリでも食べろ」「飢えていないわ」「うそだ。考えることをやめ、欲望に素直になるのだ。そうなるのが自然だし僕はなりたい」男がいないのにいちいちオレに文句つけるな、男と女の仲なんか寝てみないとわからんじゃないか、さあさあ、というレナートにもともと憎からず思っていたジェーンは陥落▼このあと、わずか二、三日だと思えるが「虹の落ちる島」へ行ったりベネチアンレースをみたり、ふたりの甘い生活がある。キャサリンのラブシーンがガラリ一変し身も心も満たされた女の情感がしっとりとにじむ。こういう、うますぎるところがちょっと難なのよねーこの人の場合。まあいいか。キャサリンがスタントも使わず運河に落ちた場所は今でも観光名所になっているそうだ。彼女はこの撮影のあとホテルにもどって体中を洗ったが、目だけ洗い忘れ、のち長引く眼疾のもとになった。ラストのクチナシのシーンは走ってくるレナートがいい。全速で彼は小箱を持って走るのだが、ちょっとメタボ気味の中年のおじさんが、息切れしながら必死でクチナシの箱を渡そうと足がもつれ、人にぶつかり、コケそうになって、プラットホームをひた走る、そこがリアルなのである。これがトム・クルーズのイーサン・ホークやスタローンのランボーだったらプラットホームの端からジャンプいちばん、手をふるキャサリンの車窓に跳び込みそうではないか。アメリカまでいっちゃいそうではないか。なにげないところで大技・小技を繰り出すデヴィッド・リーンです。彼の完璧主義は語り尽くされていますが本作も例外でなく、赤いゴブレットの気に入った赤を探すのがたいへんで、監督は微妙に色合いのちがうゴブレットを6つも作らせた。「ドクトル・ジバゴ」のときは騎兵隊が横切る野原をジーッとみつめ「退屈だ。赤いヒナゲシが咲き乱れる野原にしたい」といい、花を植えるのに3日かかった。でもこんな監督と仕事ができてほんとうに幸せだったとキャサリンは「自伝」で振り返っている。