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特集「ディーバ(大女優)」

2012年11月8日

特集 ディーバ(大女優) キャサリン・ヘプバーン 黄昏(1981年 家族映画)

監督 マーク・ライデル
出演 キャサリン・ヘプバーン/ ヘンリー・フォンダ

人々の清澄な在りよう

湖畔の別荘にやってきた老夫婦。エセル(キャサリン・ヘプバーン)は60代、ノーマン(ヘンリー・フォンダ)は80歳の誕生日を迎える。エセルは矍鑠としているがノーマンは気難しい、いじわるじいさんとして登場する。風光明媚な別荘に来たのに、美しい森の自然、野生の鳥たちの声や姿に目もくれず求人紙にしがみつき「庭番、これはいけそうだ。ハンバーガーの店番、これもできそうだ」彼は大学教授を定年退職したあと燃えカス症候群。社会に場をもたない自分が頼りなくて、コンプレックスのかたまりになっていた。年寄りをばかにしたと若い者を頭ごなしにどなりつけ、イチゴを摘んできてくれとエセルに頼まれたら森で道を忘れ、空っぽのかごをさげて帰ってくる。物忘れはひどく体力は弱る一方だ。背中は曲がり、頬はくぼみ口元をすぼめてしゃべる。しゃべらないときの口は「へ」の字である。発作的に意味もなく攻撃的になる。エセルだけはノーマンがどんなにやさしい夫であり父であるかを理解しているが、そのエセルにも「郵便を持ってきてくれ」「ミルクを飲め? 世話焼きだな」「腰をさすってくれ」ああしろ、こうしろとつぎつぎ用をいい、文句をつけるのに自分は壊れたドアに釘1本打たない。エセルも夫が「老いたライオンみたいに吠えまくっているのよ」と評する。そんなノーマンをみな敬遠し、ますます彼はひとりぼっちだ▼誕生日を祝いに長年疎遠にしていた娘チェルシー(ジェーン・フォンダ)が来るという。チェルシーは父親に甘えた覚えがない。いつも父は厳しく、自分のことを「おデブちゃん」などと呼んでバカにしていた、そんなイヤな思い出ばかりよみがえってくる。婚約者とその連れ子がいっしょだという。久しぶりに会う娘に母親は嬉しさを隠せないが、ノーマンは「おめでとう」の祝福どころかまともに挨拶もせず、品下る新婚夫婦のセックスの話をもちだし婚約者を怒らせる。チェルシーはビリーという婚約者の連れ子の少年を、海外に出張する1カ月ほど預かってくれと両親に頼む。エセルは大喜びで引き受けるが、例によってノーマンは邪険な対応だ。ビリーは「おれのことキライで邪魔者だと思っているだろう、出ていくよ」と出奔宣言する▼エセルはノーマンにビリーを釣りに連れて行けばどうかと勧める。二人の共通項は釣りなのだ。ノーマンとビリーはボートで湖に出て釣り糸を垂れ、ちぐはぐな会話を交しつつも、湖の主(ウォルター)を釣り上げようと興奮する。ウォルターというのはエセルの弟の名前だ。彼は太っており、その魚も特大だから、口の悪いノーマンがウォルターと命名したのだ。ビリーはモーターボートの運転を覚え湖上を乗り回す。森と湖の豊かな自然に囲まれ開放感を満喫し、どんどんカントリー・ライフとノーマン夫婦に溶け込んでいった。雨になるから早く帰るように、エセルが注意して送り出すが、ふたりは今日こそウォルターを釣り上げると、岩場が集まる「地獄の入江」にボートを乗り入れた。釣りに夢中になり雲行きが怪しくなるのもそっちのけ。そろそろ帰ろうとノーマンが空を見上げたときは、すでに雲がおおっていた▼少年と心が通うことによって本来の知性と落ち着きを取り戻すノーマン。チェルシーは…これは母親のエセルでないといえないせりふだが「あなただってお父さんと似ているわ。父親が認めてくれないからと何年も家によりつかず、やっと帰ってきたのに過去の不満ばかり言って何になるの。人生は歩みを止めない。乗り遅れないで。人はうわべを見ただけで理解できないわ。ノーマンも精一杯生きているの。ままならぬ人生をね。あなたと同じ」。娘もかたくなだった自分に気がつく。この映画は舞台劇であるから、例によってセリフのやりとりが粋だ。思えばこのときキャサリンは74歳。フォンダは76歳にしてそろってアカデミー主演男女優賞に輝いた。脚本賞も取った。1981年といえば高齢化社会をどう生きるかが社会的な問題となりつつあった。しかしどう生きるも、こう生きるも、この映画は「ハウツー」をいっさい教えていない。目の前の現実を受け入れ人との違いを認める、残る時間を数え明るく話題にする、今日という一日を慈しむ。説教がましくも押し付けがましくもない人々の在りようが、美しい湖の入日(原題=ゴールデン・ポンド)を前に叙述されるだけだ。そんな静かな映画が大ヒットし95億円を弾きだした。共感の大きさが改めてわかる。