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シネマ365日

2012年11月18日

特集 「ブラックな笑い」毒薬と老嬢(1944年 コメディ映画)

監督 フランク・キャプラ

出演 ケーリー・グラント/レイモンド・マッセイ/プリシラ・レーン/ペーター・ローレ

おばあちゃんは殺人鬼

いかにも時代を思わせるタイトルですが、この映画のブラック度は天下一品。20世紀だろうと21世紀だろうと古くならないですね。「ブラックな笑い」のトリはこの名作古典でいくことにしました。ケーリー・グラントとか、ピーター・ローレとか、一筋縄でいかない役者がビシッとスクリーンを引き締めている。俳優とは監督によってこんなに生き生きもし、青菜に塩みたいにグタっともするのでしょうか▼困ったお年寄りに慈善を施すことで町中で評判の、親切なお年寄りの姉妹ふたり。彼女らは自宅の一室を貸間とし、身寄りも宿もない、放っておけば行き倒れになるしかない老人に提供する。でも彼らは再びその家から出てきたためしはない。キャプラはミステリーを作る気はさらさらなかったからネタバレさせたほうが話は早いでしょう。おばあちゃんたちは実は頭のおかしい殺人鬼、いっしょに住む甥は自分が大統領だと信じているこれまたイカレタ中年男。甥は3人いる。ひとりが「大統領」、ひとりは連続殺人犯で逃亡中のジョナサン(レイモンド・マッセイ)、ひとりは正気な映画評論家モーティマー(ケーリー・グラント)で、叔母たちと別に住み、ときどき訪ねてくるが、まさか彼女らの正体が人殺しだとは、露ほども疑っていない▼話を「一筋縄でいかない役者」に絞ろう。ケーリー・グラントの長い俳優生活でもこれは会心の作ではなかっただろうか。顔面の表情を含めた全身のアクションのみごとなこと。指先にいたるまで、しなやかな筋肉が躍動しています。観客は息つく暇もありません。大きな箱の中に死体を発見したときに見開いたドングリまなこ。ショックのあまり部屋中を歩きまわるオーバー・アクション。機関銃のように打ち出す切れ目のないセリフ。これでもかというほど声は高く低く抑揚を誇張させ、婚約者にすがりつく長い腕はしなやかで、かがみこむ背も腰もネコのように無理がない。さるぐつわをかまされて目玉だけを動かすときの大仰さはどうだ。自由自在に肉体を駆使することが演技の原点とすれば、ためいきがでるような「あっ晴れ」アクションぶりです▼つぎは逃亡者ジョナサンの顔を整形する外科医・アインシュタイン博士のペーター・ローレ。ノッペリした平べったい特徴のない顔が、セリフをしゃべりだしたとたん注目せざるをえなくなる不思議な存在感。覚えておいででしょうか。「マルタの鷹」ではボガードが鼻をひくひくする香水をつけて、部屋に入ってきた依頼人。「カサブランカ」では盗んだ旅券をボガードに預けた男。その旅券を当てにしているのがイングリッド・バーグマンだったという設定ですが、ボガードのスカッとしたいかにも「男」を感じさせる「陽」の持ち味に対し、ローレのじめじめウジウジ、それでいてしたたかな「陰」が好一対をなしていました▼もうひとり。アインシュタイン博士が手術したジョナサンを、キャプラはフランケンシュタインふうにしてしまい、191センチの長身でフランケンシュタインとは、こっちのほうがよっぽど目立つキャラになっています。このギャップに気づいて怒り狂うジョナサンがレイモンド・マッセイ。48歳だった彼は11年後「エデンの東」で厳格な父親を演じ、ラストでジェームズ・ディーンに「父がぼくに看てくれというんだ、この僕にだ」といわせてオール観客に落涙させた、あの人です▼キャプラのキャスティングはあげていくとキリがないくらい分厚い。あとひとりだけ。アビー叔母さんに扮したジョゼフィン・ハルは「ハーヴェイ」でアカデミー助演女優賞受賞。192センチの巨大ウサギ・ハーヴェイを空想のなかで連れ回す弟に手を焼き、娘の縁談にさしさわるから精神病院に収容しようとする姉を演じました。今回はご本人が女ハンニバルにしてジェイスン(「13日の金曜日」)も真っ青な殺人鬼。ところがこのおばあちゃん殺人犯たちはあっさり自分から病院に入ることに決め、関係者全員は「ホッ」。家族のなかで唯ひとり正気だったケーリー・グラントは、じつは叔母たちとは血のつながりのない両親からの出生で、気がふれた一族とは血縁がないとわかって彼は欣喜雀躍。八方丸くおさまるエンドですが、殺人という物語の黒い中心が、ハッピーエンドの中にも影を落とします。影に囲まれながらもハッピーを用意していた従来のキャプラ作品と逆転の位置づけの、珍しいキャプラものです。