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シネマ365日

2012年11月24日

Jの悲劇(2005年 サイコ・サスペンス映画)

監督 ロジャー・ミシェル

出演 ダニエル・クレイグ/サマンサ・モートン/リス・エヴァンス

気色悪さ天下一品の男

印象的な食事のシーンが2度ある。最初は主人公ジョー(ダニエル・クレイグ)がストーカーのジェッド(リス・エヴァンス)のことをランチの席で、友人に打ちあけるともなく打ちあけながら、次第に焦燥を増していくところ。パセリを咀嚼する音がせわしなくパリパリと、喋りながら噛むので口から食べ物がはみ出ようとするのを、クチャクチャ動かして中におさめようとし、ナイフとフォークは手荒く皿に当たって耳障りな音をたてる。ジョーは大学教授だ。理知的な男が取り乱している。気がつくといま話題にしていたジェッドがすぐ隣のテーブルにすわり、意味ありげにジョーを見つめている。ジョーは「ぼくにつきまとうな」一喝するがジェッドは微笑みを絶やさず「どうしてだい、ジョー。どうして本心を隠すのだ」とやさしい声、からみつくような視線で訴える▼つぎはジョーの誕生日の晩餐。恋人のクレア(サマンサ・モートン)が腕をふるい、ドレスをきて高級ワインを用意、料理はまず揚げたエビをソイソースかチリソースで食べる。パリっと揚がった衣を噛む快い乾いた音。チリソースがいいとか、ワインがうまいとか差し障りない会話のやりとりが、やがてトーンダウンする。ジョーはクレアの前にもかかわらずうなだれ、料理には手をつけず、心ここにあらぬふうに放心する。クレアはジョーが異常な精神の消耗状態にはまりこんでおり、結婚どころではないことがわかる。楽しかった食卓が、歯のあいだで盛大に音をたてていたカリカリという「食べる音」が消えていくとともに陰気になっていく。静寂な食卓が主人公のどうしようもない心の暗さを表わしていた▼事件の発端はオックスフォード郊外、緑なす丘でジョーとクレアはいましもピクニックの昼食をとろうとしていた。気球が落下してきた。カゴに少年が乗っている。居合わせた男3人がかけより気球を止めようとしたが、突風で再び気球は舞い上がった。男たちは地面にひきおろそうとするが気球の勢いのほうが強く、体が宙に浮く。男たちは手を放し落下・転倒したが、1人がそのまま気球とともに上っていき、かなりの上空で耐え切れず手を放し、墜落死した。遺体のそばでジョーはジェッドという男にともに祈ろうと言われ、自分のスタイルではないと断るが、ジェッドは両の手のひらを合わせて合唱し、ジョーもそれにならう▼あのとき自分が手を放さずにいたら気球の上昇をとめられたかもしれない、それがジョーのトラウマになった。そこへ加圧するようにジェッドから電話。彼はジョーと自分が前世から約束された仲であり、離れられないのだとつきまとう。大学の教室にまで座っており、構内で声高にジョーと自分の特別な関係を訴える。ジョーは精神の調子を狂わせ、クレアにもつらくあたり、友人たちもジョーを避けるようになった。狂ったようにコンタクトをとってくるのはジェッドだけだ。いったいなにが目的で…ジョーは検索からジェッドの習癖を洗い出し、精神異常のストーカーが彼の正体だと知る。しかしそれをいくら主張してもクレアさえジョーのいうことを本気にしない。ジェッドは強硬手段に出た。ジョーが愛するクレアを殺したらジョーの愛情は自分に移ると思ったのだ▼美しいイギリスの郊外。青空と白い雲。メルヘンのような風景のなかで起きた最悪の事故で、失調した男に迫る異常者。気球から墜落死した男性は医師であり、家庭には妻とまだ幼い子供2人がいた。彼らの運命にも暗雲が落ちた。クレアもまた常軌を逸していく恋人に為す術がない。登場人物は少なく場面も限られているが、シンプルなファクターがきめ細かく織りなされたサイコ・サスペンスだ。ダニエル・クレイグはもともと舞台出身。007にせよ大学教授にせよ、軽くならないところがいい。しかしびっくりものはリス・エヴァンスだろう。いやらしい役にはまっていましたね。コメディだけでなく、最近なんにでも強くなってきた役者さん。ラストで精神病院に収容され、それまでのホームレスみたいなむさくるしい格好から、小ザッパリした患者服をきて、髪も散髪して清潔になり、せっせとジョーにラブレターを書いている。そしてふと視線を観客に投げ、微笑む。あるかなきかのこの微笑が気色悪さ天下一品。