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特集「ディーバ(大女優)」

2012年12月1日

特集 ディーバ(大女優) ソフィア・ローレン 
島の女(1957年 恋愛映画)

監督 ジーン・ネグレスコ

出演 ソフィア・ローレン/アラン・ラッド

ソファ・ローレンの風格

トリノ五輪の開会式に旗手として入場したソフィア・ローレンを覚えておられるだろうか。72歳だった。五輪旗を掲げて開催国の先頭にたちピンと背筋を伸ばし、胸を張って堂々と行進してきた。国家をあげたビッグイベントのハイライト。何万という観衆に飲まれてもいなければ押されてもいない。きれいな脚も相変わらずだ。ことさら脚をいうのは彼女が来日したとき東京のホテルだったかレストランだったか、どこかで転んだことがある。60代も後半か70近かったと思う。助け起こされるところをパパラッチがフォーカスしたのだ。ケガはなかったがそのときのカモシカのような脚に、目が点になった読者は少なくなかったはずだ▼「島の女」はローレンのハリウッド進出第一作だ。23歳。芸能界に入ったころは背ばかり高く不恰好だったので「キリン」というあだ名がついたと後に言っている。女の容貌に対するハリウッドの通例で、鼻がどうだ、目がどうだとさんざんケチがつき整形をすすめられるがみな蹴って自信過剰の女と言われた。ローレンは後年「ウーマン&ビューティ」を著し、それによれば「女性を美しくみせるものは、本人がそうだと信じていること以外にない」と断言「自信のある不美人と自信のない美人なら勝負は明らかだ、それに美しい女と平凡な女とのちがいは訓練だ」とこれまたキッパリ。彼女の日常は女優という職業から想像しがちなパーティー漬けとは裏腹に早寝早起き、一日おきにかかさず1時間のウォーキングに毎日のストレッチ、睡眠は充分に(ローレンには9~10時間は必要らしい)、料理はできるかぎり手料理という規律正しさで、自分は貧しかったから長年の習慣はぬけず、いまだに「ケチのソフィ」と呼ばれ、家にいて夫や息子といっしょに過ごし、仲のいい妹が来てとりとめのないおしゃべりをしているときがいちばん心やすらぐとあった。家庭的なのである。妊娠したときの喜びと満足は、オスカーを得たことさえ比べ物にならなかったと振り返り「仕事への関心は蒸発してしまい赤ちゃんのこと以外考えられなかった、仕事さえやめてしまったかもしれない、これが現代的でないというなら私は現代的な女ではない」と書く。まあね、すでにローレンはトップ女優としての安定期に入っていましたからね。それはさておき、映画界で泣く子も黙る大プロデューサーのカルロ・ポンティと多少の波風はあっただろうが35年を添い遂げる。ローレンの一途な愛情が、カルロ・ポンティを重婚罪にもびくともしない、男一匹に仕立てあげたといえるのだ▼映画の筋書きはありふれていてこれといった作品ではない、と思いながら最後までみてしまうクチのひとつだろう「島の女」は。テンポが冗長で退屈になる。ただローレンが登場すると彩りが際立つ。舞台はエーゲ海のイドラ島。ローレン扮するフェードラは海女だ。島の暮らしは貧しく彼女は海底から海綿を採集して売る。恋人はいるがひとつも働かないのでケンカばかりだ。フェードラは弟を都会の大学にやるため、美しい肉体と鼻柱の強い気性でせっせと毎日海に潜る。働き者である。海底にイルカに乗った少年の彫像を見つけた。ローマ時代の値打ちものだ、ほしがる金持ちをみつけたらいい値で売れると仲良しの医者がいう。フェードラはさっそくアテネにいき専門家を探す。せいいっぱい身なりをととのえ外出着を着ていくが足は裸足だ。靴がないわけではないが、履くとすりへるからなんでもないときは裸足で歩くのが島の習慣だ。野生美と健康美にあふれたローレンが、アテネの遺跡に腰掛けハンカチに包んだパンだけの粗末な昼食をとる。ふつうならわびしくなるシーンだが、はちきれるような若さと活力にあふれたフェードラは、みすぼらしいメシなど屁のカッパ、意気軒昂である。みていて楽しくなる女、愛情がたっぷりで感情生活が豊かな女、学校には行っていなくても物事のなりたちや世間のいきさつや、人間の欲や人情の機微を理解する女、フェードラがそんな女であることが観客には伝わってくる▼「シェーン、カムバック」のアラン・ラッドがフェードラを愛する考古学者、「ローラ殺人事件」の名優クリフトン・ウェッブが金持ちの古美術愛好家となって脇を固める。公開当時水に濡れて体にピチっと張り付いた着衣が示す、ローレンのボディラインばかり言われた映画だが、ローレンが78歳になったいま改めて見直すと、23歳のときから今までひとつも変わっていない、風格とさえいいたいものを、はやその当時から漂わせていたことに驚く。