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特集「ディーバ(大女優)」

2012年12月3日

特集 ディーバ(大女優) ソフィア・ローレン 
昨日・今日・明日(1963年 オムニバス映画)

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監督 ヴィットリオ・デ・シーカ

出演 ソフィア・ローレン/マルチェロ・マストロヤンニ

黄金トリオ誕生 

「夫と妻の役をやらせてわたしとソフィア・ローレンほどぴったりくる配役が、ほかに考えられようか」とマルチェロ・マストロヤンニは自伝で語っている。その二人に監督のヴィットリオ・デ・シーカを加えた黄金トリオが「昨日・今日・明日」という前代未聞の傑作を誕生させた。ナポリ・ミラノ・ローマの三都市を舞台にした本作はオムニバス映画で三作ともローレンとマストロヤンニが主役を演じる。なんといっても第一作の「ナポリのアデリータ」が最高だとは衆目の一致するところだった。息があうことは、映画のようなチーム力が問われる仕事では欠かせないファクターだ。ローレンは相方のマストロヤンニについて「マルチェロの正直さはどんな人も抵抗できない、決してテクニックではなく、彼の個性、性格の一部だからだれもが魅せられる」と全幅の信頼を寄せている。批評とは自分のなかにあるものを投影することであるから、すべからくローレンの正直でおおらかな持ち味が、マストロヤンニのそれと絶妙な和音になって共鳴するのだろう▼貧しい、いかがわしい、猥雑なここはナポリの下町、闇タバコ売りのアデリーナ(ソフィア・ローレン)が、思い切り両足を広げ、汚れた裸足を丸出しにして腰掛けているのは、臨月に近い張り出したお腹をかかえそっくり返っているためだ。デ・シーカはいやらしい覗きみたいな低い位置から徐々にキャメラの角度をあげていく。夫のカルミネ(マルチェロ・マストロヤンニ)がやってきて、家賃滞納のためさっき警察がアデリーナを刑務所にいれると告げていったと伝える。失業中のマルチェロのクラゲのようなたよりない風情が天下一品である。自分が刑務所に入ったら子供は日干しだ。夫婦は弁護士事務所にかけこみ、妊婦は出産後半年間逮捕されないことを知る。アデリーナとカルミネの奮戦につぐ奮戦が始まる。そもそも女優にとって妊婦姿は避けるべき映像だったはずだ。それを「これみよ」とばかり大きなお腹をつきだしヨタヨタとガニ股で歩くローレンは壮観である。ローレンは常々妊娠した女性は天を仰いで胸を張り、堂々として彼女らほど立派な姿はないと明言している。アデリーナは警察がくるたび診断書をみせ妊娠中であることを証明する。「いやはや。ともかくおめでとう」と笑いながらひきさがる警官らが愉快だ。子供は7人になった。ある日カルミネは母親のところへ逃げ出し「どうしたらいい母さん。毎晩、毎晩、責められる」「しっかりおし。アデリーナは子供7人になって前よりきれいに元気になったというのに」「母さん、おれはもう、もう…」カルミネは目が落ちくぼみ声はかすれている。それでも母親にいさめられ家に帰ったカルミネをアデリーナはまちかまえ、空いているベッドのかたわらを(ポンポン)妖艶に叩く。世界の果てをみたようなマストロヤンの絶望。ここのシーンは何度みてもマストロヤンニの実力に納得する▼もうひとつ特筆すべきはナポリの下町の活力だ。貧しく人情があって、アデリータがとうとう年貢を納めて刑務所に入ると、保釈金カンパのためご近所一同それぞれの家業に「カンパ上乗せ料金」をオンする。話は違うが、マストロヤンニは「ナポリにはとんでもない人があふれていて、この町を好きにならずにはおれない」と書き、例としてフェデリコ・フェリーニのエピソードを紹介している。フェリーニがナポリのホテルで「俳優募集」の広告を出し最初のナポリ人が面接にやってきた。その映画で演奏家を探していたフェリーニが「楽器はなんですか」と聞く。「あっしはさっぱりですがね、うちの弟なら天才でさ」そんなとぼけた返答をする人をどこの監督が相手にするかと思いきや、フェリーは契約した。こういう「とんでもない人」があふれている町そのものを、デ・シーカは密度の濃い映画的空気としてスクリーンに読み込んでいる▼第二作「ミラノ」は高級車ロールスロイスの事故をきっかけに、金持ちの愛人の正体をみた若いツバメが別れを決心する。第三作「ローマ」は、となりのアパートにすむコールガールのマーラに一目惚れした神学生が学校を辞めるといいだし、マーラとその恋人が一週間禁欲をして神様に願をかけ、学生を説得する話。それなりにみな面白いが、マルチェロの純情真面目かつダメ男ぶりが、詩的にまで精錬されているのはやはり第一作だろう。アカデミー外国語映画賞受賞。

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