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特集「ディーバ(大女優)」

2012年12月7日

特集 ディーバ(大女優) ソフィア・ローレン 
特別な一日(1977年 シリアスな映画)

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監督 エットーレ・スコラ

出演 マルチェロ・マストロヤンニ/ソフィア・ローレン

「映画のお手本です」 

マストロヤンニが演じるガブリエルの背景に複雑な意味があるから、ちょっとわかりにくいかもしれない。彼は自分が「男色家だ」と主婦のアントニエッタ(ソフィア・ローレン)に叫ぶ。アントニエッタは「今のままのあなたが好きなの」と、あるがままの彼を愛そうとする。当時のイタリア(第二次世界大戦勃発前夜)では同性愛者は職場追放のうえ島流し(この映画ではサルディーニャ島)になるという差別を受けていた。ガブリエルは何度も自殺を考えた。デスクの上に拳銃を置いて仕事をしている。彼を拘束し島に連行するために当局の関係者が今夜くる。だから今日はガブリエルにとって娑婆におれる「特別な一日」なのだ。もちろんヒトラーがローマを訪問しムッソリーニと会談した歴史的な「特別な一日」であり、ヒロイン、アントニエッタとガブリエルのただ一度の情事があった「特別な一日」でもあるが、背景にある知的マイノリティへの弾圧という事実を含んでおかないと、ラストシーンの本当の悲劇はわからない。ガブリエルが当局の二人の男とともにアパートを去る、そのさまをアントニエッタが部屋の窓からみている。「また会いたい。家の窓からあなたの部屋をいつも見るわ」と言った彼女は、ガブリエルがもう決してあの窓辺に立つことはない、会う日は二度と来ないことを知らないで見送っているのである。いっぺんにラストシーンにとんでしまったのはちょっと性急だった。それでなくてもこの映画は含みが多く、それを微に入り細に渡り一瞬の動きも一言のセリフも、おろそかに演じるまいと表現している主演二人を、簡単にあつかってしまってはいけないと思う。それくらいほとんどこの映画は「二人劇」である▼ローマの街あげてヒトラーを歓迎するパレードに、アントニエッタの家族も、そこに住む集合アパートの住人もみな出かけた。高層アパートは管理人を残してほぼ無人になった。ファーストシーンが秀逸だ。広い中庭からクレーンキャメラは上に移行し、6階の窓から中にいるソフィア・ローレンをとらえ、近づいて部屋の中を映しだしていく。ローレンはこのとき43歳。彼女が演じるアントニエッタは6人の子持ちの主婦。夫は身勝手で口うるさく用をいいつけ、子供たちは当たり前のように母親にものを頼む。ローレンはノーメイク。何度も水をくぐり柄もはっきりとわからなくなったふらふらのワンピース。エプロンを腰にくくりつけストッキングは汚れ、不恰好なスリッパをひきずり、それでなくてもとびでた頬骨は栄養失調かと見まごう▼やっと全員が出かけた。テーブルには残飯のこびりついた皿、散らかるパン屑、アントニエッタはあっちのコーヒーカップ、こっちのカップから飲み残しを集め、冷えたコーヒーを一口。ものうげに視線を宙にとめ「始めなくちゃ」とつぶやく。後片付けを、である。「母親はわたしひとり。三人は要るわね。一人は掃除、もう一人は台所、あと一人がわたしで、ベッドで眠る…」主婦であれば、いいや、たとえシングルだって女なら身につまされる。このさきなにが起ころうとアントニエッタに味方してやろうと思わないだろうか。部屋で「アントニオ」と声がする。みな出ていったはずなのにだれがいるのだろう。じろりとアントニエッタが目をむけた先にいるのが九官鳥のロズムンダだ。「ちゃんと名前を呼ばないとエサをあげないよ」と叱り、鳥かごの扉をあけて水を替えているうちに九官鳥は逃げてしまった。「ロザムンダ、ロザムンダ」大声をあげながら目でおう。九官鳥はちょうど中庭をへだてた、6階の向かい側の部屋の窓に止まる。アントニエッタはあわててその部屋にかけつけドアを叩く。現れたのがガブリエルだ▼管理人がきてガブリエルがラジオ局をクビになったいきさつを教える。アントニエッタはつまらない噂はたてられたくないから深入りしたくない。しかし、男としてのこのちがいはどうだろう。ガブリエルは電灯の修繕をしてくれ、陽気にジルバのステップを教え、いっしょに一杯やっていきませんかと声をかけ、アンリエッタは美しい名前だといい、ぼくにコーヒーをいれてほしいと頼み、あなたは笑顔がきれいなのにもっと笑うべきだとすすめ、人生にはいろんな瞬間があるのだと話す。ガブリエルといるとアントニエッタは心のしこりと寂しさが溶かされていくような思いがする。自分は同性愛者だから社会から差別を受けてきたというガブリエルに「わたしもときどき家にいて侮辱を感じるの。わたしはまるでモノ扱い。夫はわたしと話をしない。命令するだけ。わたしは婚約して以来笑ったことがないわ。夫は家の外でほかの女と笑っているの。彼は職場より男が特別に行く場所で有名なの。それはいいわ、でも女からの手紙を見つけたの。小学校の先生をしている教養のある女よ。夫はきっと女房は無知で無教養だって言って笑っているのよ。わたしあまり学校へ行っていないの。あんな手紙、彼に夢中だったときも書いたことがない。書けないのよ。わたしは尊敬もされない無知な女なのね」なぐさめをいわずいたわるようにみつめるガブリエルが、自分のさびしさを理解してくれていることをアントニエッタは悟る。アントニエッタは激しくガブリエルを求める。「素晴らしかった」とガブリエルは言う。マルチェロ・マストロヤンニは「自伝」で「特別な一日」についてこう書く「ずっとこれからも映画のお手本でありつづけると思います。本当にみごとな作品ですからね。簡潔にして純粋。はっきり言いましょうか。傑作とはこういう映画のことを言うのです」(小学館 押場靖志訳)。こういう断言の仕方は彼にしては珍しい。これ以上何をつけ加える必要もないと思える。

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