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シネマ365日

2012年12月18日

三人の女(1977年 群像劇映画)

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監督 ロバート・アルトマン

出演 シェリー・デュバル/シシー・スペイセク/ジャニス・ルール

女3人のシュールな世界

アルトマン67歳のときの作品だ。彼は1970年の「マッシュ」から快進撃が始まっていた。「ギャンブラー」(1971年)「ロング・グッドバイ」(1975年)「ビッグ・アメリカン」(1976年)などだ。ハチャメチャの破調にせよ混乱にせよ、もともとどこか(彼の露悪趣味も含めて)薄気味の悪いところのあるアルトマンの映画は、遺作「今宵、フィッツジェラルド劇場で」においてはとうとう死神の登場を迎え、気味の悪さは頂点に達したが、「三人の女」は「フィッツジェラルド劇場」にいたる中期のシュール度最高の映画だと思う。死神こそ出演しないが、死神からみた「三人の女」みたいな虚無感と浮遊感が、始めから終わりまで濃厚にただよっているのだ▼俗悪と聖、潔癖と卑しさ、勇気と堕落、愛情と打算、どんな人間もが心の中にちりばめているそんなモザイクが、あるときは卑しさが、あるときは俗物性が、あるときは勇敢さが、あるときはやさしさが、アルトマンの人物造形として浮かび上がってくる。主役の「三人の女」はハッキリいって世界中のどの女も、こんな女になりたいと願わなければ、羨ましいとも思わないだろう。というのもまあ、あきれるほどアルトマン独特の悪意、といってけなしすぎなら、救いのない現実感で彼女らは隈取られているのだ。ロマンティックのかけらもない女たちが、つぎつぎやってくれる事件や振る舞いはしかし妙に応える。心に残るのだ▼場所はカリフォルニアのパームスプリングス。老人介護のリハビリセンターで働くミリー(シェリー・デュバル)の下に新入りのピンキー(シシー・スペイシク)が来る。ピンキーはテキパキ仕事を処理するミリー先輩にすっかり魅せられる。でもそれはテキサスの田舎から出てきたピンキーから見ての話で、職場ではミリーをだれも相手にしない。ミリーは独り言でワイドショーの話題や手作り料理のレシピを一方的にしゃべり、それをみなが感心していると思い込んでいる。アルトマンは妄想大好きの映像作家である。このへんから観客は自分が異次元にすべりこみつつある気がして、薄気味悪くなる。ミリーはドンくさいピンキーをいやがりもせずルームメイトにし、あれこれ仕事を教えてあげる。たまに飲みにいこうと颯爽とピンキーを誘うが、行く先はチープな居酒屋「ドッジシティ」だ。ミリーはある日パーティーを開くことにするが、ミリーが用意するのはクラッカーにチーズ、サラダにマヨネーズ山盛りでとても料理といえるものではないがミリーは得意絶頂だ。友人たちはドリンクだけ飲んで「あばよ」ミリーはやけくそで男を引き込むが、同室のピンキーが気が利かないと罵る。ピンキーは尊敬するミリーに辛く当たられ悲観してプールに身投げし、助け上げられたものの昏睡が続いた▼3人目のヒロインはウィリー(ジャニス・ルール)です。彼女はミリーたちの居住するアパートの大家で、臨月の大きなお腹をかかえ黙って絵を描いている。壁やプールの底やらに性器もあらわな爬虫類のような人間が、太い尾っぽを持ち、巨大な頭や脚や胴体をくねらす。映画の冒頭、ゆらめく水の底に、この世の者とも思えぬこれらの絵が浮き上がってくるところは、幽明境を自由に出入りするなにか得たいの知れぬ存在が、女たちを支配しているみたいに感じさせます▼昏睡から覚めたピンキーは人格が変わっていた。ミリーをこきおろし傲慢に振る舞い、ミリーの保険証を無断で使う。(戸籍のないアメリカでは保険証は重要な身分証明書)男たちにしなだれかかり、ミリーが八方手をつくして探しだしたピンキーの両親に対しては「知らない」といい、寝室を提供したミリーの部屋でせっせと老夫婦はセックスに励む。ただひとり正気なミリーは孤軍奮闘である。彼女はやさしい。ウィリーが産気づいたと聞き、取るのもとりあえず駆けつける。うろたえながらも無事赤子を取り上げるが死産だった。医者を呼べというのに動かなかったピンキーをミリーは張り飛ばす▼映画はいっきょにラストに。砂漠の中に置き忘れられたような居酒屋「ドッジシティ」に「三人の女」がいっしょに暮らしている。ウィリーは世捨て人のように窓辺に座り、コーラの配達人がきて領収書にサインを、と頼んだときピンキーが「ママ」と呼んだのはミリーである。ミリーは居酒屋の裏の農地で土を耕している。配達人の世間話によれば、ウィリーの夫は銃が暴発して事故死したというが、ウィリーを粗末に扱いミリーに「クズ」と呼ばれていた彼が、どんな目にあったかだれにもわかりません。ピンキーは「ミリー」と呼ばれ(もともとふたりはミルドレッドという同じ名前)「ママ」から「じゃがいもの皮を剥いて」と命令される。ぐじゃぐじゃと何か答えるピンキーの対応は、まるで子供返りしたように幼稚である。この砂漠のシーンは女3人のシュールな精神世界を現して秀抜だ。乾いた土地と砂と太陽。丈の短い緑がちょろちょろと生え、酒場なのに暗く人の気配がなく、まるで廃業したみたいだ。女たちは世間に無関心だ。あれほどメークのお手入れに念をいれていた元ミリーは眉を剃り、着ているものは野良着で、痩せた風貌に尼僧のような緊張感を漂わせている。

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