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特集「アニマルフェスティバル」

2012年12月24日

特集 「それ行け アニマル・フェスティバル」アイス・エイジ(2002年 CGアニメ)

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監督 クリス・ウェッジ

映画新戦争

仕上げが洗練されていて精緻なことすごいな。世界に誇る日本のアニメだけど、技術からいうとこっちのほうが上かな。デフォルメで思い切り誇張され、と思うとアクションやポーズの微妙な表情や動きがじつに豊かに表現されているのよね。CGの世界ってどこまで広がるのだろう。「アイス・エイジ」っていう主題とタイトルがまたいいじゃないの。だれも見たことがないのだから、描きたい放題でしょ。クリエイトというのはしょせん想像力のあるものの勝ちなのだな。制作陣は、マンモスやナマケモノやサーベルタイガーの下絵をスケッチし、粘土で模型を作って、その模型に網目状に線を引いていく、そしてパソコンに線を取り込む。取り込んだら「骨入れ」という作業に移る。人形の骨組みを作るのに似ていて、ここで基本的な骨格をしっかり作るから、どんなにデフォルメしたアクションでも、動きがでたらめにならない。クリエイター集団のCG技術は映画に新しいジャンルを切り開いている。CGによる映画戦争はますます苛烈になっていくでしょうね▼舞台は2万年前の地球だ。氷河期を前に生き残るため生き物は南へ移動を始めていた。偏屈なマンモスのマニーはみんなと逆に北へ向かう。仲間から置き去りをくったナマケモノのシドがマニーと出会い、シドはマンモスといっしょなら心強いとばかり同行ふたりとなる。さらにどこか怪しげな、人間でいえば旅から旅の風来坊のような感じのサーベルタイガーのディエゴが仲間に加わった。マニーは人間に家族を殺された辛い過去があり、心を閉ざした孤独なマンモスになったのだ。三匹は旅の途中、川で溺れ死にかけている人間の女性に出会った。彼女は抱いている赤ん坊をマニーに差し出すと力尽きた。人間を信用していないマニーは、赤ん坊を託されて困惑するが、母親との約束を果たすため、人間の群れを追う。かれらはサーベルタイガーに村を襲われ離散したのだ。サーベルタイガー? そうなのだ、ディエゴは人間を憎むサーベルタイガーのボスの命令で、赤ん坊を探していたのだ。その使命を果たさなければならない。しかし何度も襲ってくる地球変動の大ピンチ、たとえば火山の噴火によって溶岩が流れ出し谷を埋めた、ディエゴは谷底へ落下寸前に危険をかえりみず引き返してきたマニーに助けられる。次第に芽生えてきたマニーやシドとの友情とミッションのはざまでディエゴは悩む。ついにサーベルタイガーの群れと対決のときがくる。ディエゴは裏切るのか。サーベルタイガーに取り囲まれ、さすがのマニーも絶体絶命。しかしディエゴは身を呈してマニーをかばい、深手を追って死んでしまう。マニーとシドは二匹、赤ん坊を頭に乗せて人間の群れに追いつく。人間はマンモスを殺そうとするが、赤ん坊の出現で誤解を解く。赤ん坊を人間に還したマニーとシドは再び旅を続けようとした。そこへ現れたのは、やっ。ディエゴではないか。死んだのじゃなかったのだ、喜びあう三匹(家族で見る映画だとすれば、こういう逆転もまあいいでしょ)▼「三匹荒野を行く」のではなく「三匹氷河を行く」になってきた。もうひとつよく似たお話がある。三人のギャングが逃亡中、砂漠に打ち捨てられた馬車の中に、お産したばかりの瀕死の母親に出会う。赤ん坊を残して母親は亡くなり、あらくれ男三人が赤ん坊をかかえ、保安官たちの追っ手を逃れながら飢えと乾きに耐え、砂漠を横断する。三人のうち二人は命を落とし、最後に残ったのがジョン・ウェイン。白昼夢と幻聴によろめく足、それでもしっかり赤ん坊を抱え、ついに倒れる。監督はジョン・フォードだった▼「アイス・エイジ」の三匹の描き分けが鮮明だ。頑固だが情のあるマニー。仲間に放っていかれ、すっかり拗ねてしまったシドはお調子者だが根は善良だ。ディエゴは彼らを裏切るはずだったが、損得も駆け引きもない二匹の純情に心打たれ、行動をともにする。CGが開いていく技術革新は、映画と俳優を二極分化しつつある。融通無碍の技術力は氷河時代だろうと石器時代だろうと、恐竜だろうと、ローマ帝国だろうと魔法学校だろうと、しゃべる動物だろうと、スペクタクル可、歴史もの可、SF可、宇宙戦争可、細菌も可、未来の地球可。ゆくところ可ならざるはなし。万能の映像化によって俳優のアクションは限定されてきた。かれらの出演より技術表現のほうが迫力に勝り衝撃的であり、観客には刺激的なのだ。肉体をもった人間の体温は希薄になった。どんな映像も作り出せる。表情も生身の人間にはない極端なデフォルメが映画の振幅を大幅にする。万能の再現力は聖書でもゴシックホラーでも、なんでも視覚化するだろう。すばらしい映画の力になる一方で、登場するだけでスクリーンの色彩を変えてしまう俳優や、立っているだけで物語ることのできる俳優がますます求められる。

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