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特集「ディーバ(大女優)」

2013年1月4日

特集「ディーバ(大女優)」 カトリーヌ・ドヌーブ 
ひきしお(1971年 恋愛映画)

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監督 マルコ・フェレーリ

出演 カトリーヌ・ドヌーブ/マルチェロ・マストロヤンニ

辛口で硬派のドヌーブ

ドヌーブの最盛期、もっとも美しかったとき、と今でもいわれるこの映画なのだ。ドヌーブはきれいだ。美人というより綺麗といったほうがしっくりする。どことなく曖昧で表情が少なく、ベベにいわせるとドンくさくてイライラさせられる娘だったらしい。ふたりの初対面はドヌーブの17歳のとき。ベベは口の悪い言い方をしたが直感はあたっていたと思う。ドヌーブにはどこか「真夜中の太陽」とでもいうべき、強烈なのだがとらえどころがない、とらえどころがないのに強烈というものがあった。早い話なにを考えているかわからない茫洋とした持ち味が「昼顔」とか本作で随分トクをしている。それがなかったらいくら美人でもきれいでも、ルイス・ブニュエル監督は「昼顔」に起用しなかっただろう。彼はジャンヌ・モローとかドヌーブとか、みかけはどうあれ内面にヘドロみたいな(ごめん)暗黒の堆積があって自分で自分を持て余す、そんな女が好きなのだ▼ドヌーブとマストロヤンニは「哀しみの終わるとき」につづく共演だ。ドヌーブが27歳、マストロヤンニが46歳のときロマン・ポランスキー監督がロンドンの自宅で二人を紹介した。いうまでもないがポランスキー監督の「反撥」で気色の悪い、頭のとれたウサギだとか男の死体が転がるなど、背徳のヒロインを演じてドヌーブは皮をヒン剥いたような会心の演技をみせた。彼女のキャリアを一覧すれば想像がつくがすでに20代にして、ドヌーブのエキセントリックな性格は顕著だったわけ。後年も「女吸血鬼」とか「近親相姦」とか逸脱の役柄を好んで引き受けている。彼女自身「昼顔」や「反撥」のヒロインをごく自然に演じられたと言っている。好きこそものの上手なれ。マストロヤンニとのその後はいうまでもないが、パリのマンションで同棲に入った。妻は妻で愛していると表明していたから、彼の包容力(経済力も)海のように広い。女もこんなセリフを言えばどうだろう…「彼を愛しているわ。夫もあなたも大事な人なの。あたしのどこかいけない?」なんてね。この言葉のまま言ったわけじゃないけど、マリリン・モンローなんかそうだった。ひとつもそれに無理がなかった▼話を本作に戻そう。この映画の中心は何だ。愛とは破滅を約束した幻想だということなのか。嵐のため食べ物もなくなり魚も採れなくなった島を、ピンクの飛行機で離れようとするがピンク号は離陸しない。飛行機の故障かそれとも操縦するマストロヤンニとドヌーブが島に留まること、すなわち餓死してもいいと結論したのか、どっちにしても一般文明社会には戻らないのだ。二人の自らの選択でしょうね。この映画はもともとメルヘンチックだ。プロペラとはいえ飛行機一機まるごとピンクに塗り替えるペンキが、島のどこにあったのだ。それにマストロヤンニの息子が島に現れ母親(つまり元妻)が自殺を計った、会いたがっていると報告に来る。マストロヤンニが病院にいくと妻はケロリ回復して退院、親子三人家で夕食のテーブルを囲んでいるところへヌッとドヌーブが出現する。部屋中凍り付くがマストロヤンニは黙って料理を皿にとってドヌーブの前に置く。ドヌーブはがつがつ手づかみで食べる。ドヌーブのこういうスタイルが、愛の世界に没入していることを示すのですね。それに男に「もっとわたしにかまってほしいの」と頼み、男が犬を可愛がるから嫉妬の余り、犬を沖に連れ出し溺れさせ自分が首輪をつけて犬の代わりをする。犬のほうがよっぽど可愛いわ。第一あさはかな女のトバッチリを食う犬が可哀想だと思わないのか。ドヌーブはマストロヤンニが放り投げる棒きれを追っかけ、犬になりきって浜辺を走り海に飛び込む。これって献身の愛と破滅を予感させるってことか▼異常な性愛の世界はドヌーブにとって水を得た魚の世界だ。ふつうの女優さんなら「かなわん」とパスする役でもドヌーブがやると精彩を放った。たとえば「哀しみのトリスターナ」(これもブニュエル監督)や「暗くなるまでこの恋を」(フランソワ・トリュフォー監督。トリュフォーとも同棲していた時期がある)で、悪魔的な女のメルヘンを演じ嬉々としている。ハリウッドの非情な神話づくりに決して自分は巻き込まれたくない、自分の自然性を犠牲にしてまで虚像をつくる必要はないとドヌーブは軸足を明確にしている。若くして没したマリリン・モンローやジーン・ハーローは、ドヌーブからみればハリウッドの神話づくりの犠牲だった。出演作は68歳の今日まで70本以上。イメージを固定させず自らの好むところのみに従い演じたい役を演じる。ああみえて彼女の生き方は辛口の硬派です。

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