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特集「ディーバ(大女優)」

2013年1月11日

特集「ディーバ(大女優)」 カトリーヌ・ドヌーブ 
赤いブーツの女(1974年 怪奇映画)

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監督 ホアン・ルイス・ブニュエル

出演 フェルナンド・レイ/カトリーヌ・ドヌーブ

コミック調の変態映画 

出演がカトリーヌ・ドヌーブにフェルナンド・レイといえば本作の4年前に「哀しみのトリスターナ」がある。監督はホアンの父、ルイス・ブニュエルだった。ドヌーブは少女にして娼婦同様の扱いを義父フェルナンドによって教えこまれて本来の魔性にめざめ、義足となった傷害にもかかわらずフェルナンドをアゴでこきつかい、コテンパに痛めつける、という筋書きだったのが「トリスターナ」。大筋は本作もあまり変わりない。でもちょっとちがう。親父は人間のシュールに一生こだわったけど、息子はメルヘンっぽいオカルトになっている。「赤いブーツの女」の前に撮ったのが「悪霊の家」(1972)、本作の後には「呪われた家」(1975)さらに「怨念の家」(1984)「背徳の性書」(1989)と、タイトルだけでおどろおどろしい映画がズラリ。見ていないのにこんなこというのはナンだけど「赤いブーツ」の延長線上で考えると、どうにもこうにも変態ムードを想像してしまったのだ▼本作のヒロイン、フランソワーズ(カトリーヌ・ドヌーブ)は内容が難解でひとつも売れない小説家。でも不思議な予知能力がある。株式仲介人のペルー(フェルナンド・レイ)はある日コーヒーを飲もうとしているとフランソワーズが近づき「100フランちょうだい、いいもの見せてあげるわ」いうやコートの前をひろげると全裸だった。パッと開けパッと閉めるからほんの一瞬だがドヌーブの真正面からのヌードである。もちろん喫茶店でそんなことができるはずがなくペルーの白昼夢なのだけど、以来ペルーはフランソワーズをつけ回す。ドヌーブは終始Gパンにセーターに赤いブーツといういでたちである。絵描きの恋人リシャールと同居しているが、友人であるような恋人であるようなハッキリしない仲だ。変態と怪奇が好きな怪しげな女ってドヌーブの得意中の得意ですね。本屋で自分の本に関心を示したのは若い出版社の社長のマルクだった。ペルーは芸術家に対するあこがれと嫉妬のいりまじったヘンな親父で、屋敷に芸術家を招聘しては殺害する。このペルーの屋敷にフランソワーズ、マルク、リシャールが招かれる。フランソワーズは透視能力で彫刻家がこの家で殺されたことを知る▼「赤いブーツの女」の冴えないところは、サスペンスでもなくスリラーでもなく、ドヌーブのワンマンショーでもなく、わたしたちの住む現実がいつも混乱しているからって映画まで半端に混乱させることはないだろ、そう思ってしまうことだ。親父ブニュエルの映画はわけのわからないところはあったけど「そうだなー。こんな無意味で満ちているのが世間の実態かもね」という現実喝破の力強さと共感があった。息子ブニュエルは幻想や混乱をコミックにしてしまった。だから殺人とか自殺とか事故死とか、陰惨な状況が劇中にあるのだけど出演者全員が寄ってタカってまともにとりあわないのだ。そう監督がさせている。あげくのはてにヒロインはくじ引きで相方を決め、彼と絵のなかに入り消えていく。フランソワーズにかしずく家政婦でなくても、ばかばかしくなって皿を割りたくなるだろう。この家政婦がじつはただものではない。演じるのはラウラ・ベッティ。パゾリーニ映画の常連で「テオレマ」でベネティア映画祭主演女優賞を取った演技派だ。黒ずくめのずんぐりしたフクロウみたいな格好で登場するが、劇中劇の狂騒のドタバタシーンではみちがえるような容貌と挙措をみせる。彼女はジャズ歌手としてデビューしてのち映画界に入った。「友よ 静かに死ね」はアラン・ドロン制作、監督ジャック・ドレー、脚本アルフォンス・ブーダールとジャン・クロード・カリエール(本作の脚本も)「1900年」では制作・監督ベルナルド・ベルトリッチ、共演ロバート・デ・ニーロ、ドミニク・サンダ。わざわざよりすぐったようなウルサ型の中で彼女は仕事をしている。配役をみるかぎりものすごく贅沢だが、それがもったいないくらい、この映画の軽さはどうしようもない。

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