女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「ディーバ(大女優)」

2013年1月14日

特集「ディーバ(大女優)」 カトリーヌ・ドヌーブ 
キングス&クイーン(2004年 ヒューマン映画)

Pocket
LINEで送る

監督 アルノー・デブレシャン

出演 エマニュエル・ドボス/カトリーヌ・ドヌーブ

愛と嫌悪の交錯 

ドヌーブの映画ではないがドヌーブらしいセリフがちゃんと入っている。ライバルのタレコミによって強制的に精神病院に入れられたヴィオラ奏者のイスマエル(マチュー・アマルリック)の主治医、マダム・ヴァッセがドヌーブだ。イスマエルが「あなたはきれいだ」とうっとりすると、ニコリともせず「よく言われるわ」でチョン。こんなセリフがスンナリ聞けるのは今じゃドヌーブ以外におらんな。本作はフランソワ・トリュフォーの再来といわれるアルノー・デブレシャン監督作品です。昔トリュフォーと同棲していたドブーブはどう思っただろう。「フランソワよりすごいわ、この人」だったか「残念だけど足元にも及ばん」だったか「まあいい線じゃない」だったか。いずれにせよトリュフォーより線が太いのは認める。コッテウシみたいな女優エマニュエル・ドボスが彼の映画づくりの盟友らしいけど、なんでこんな女がチヤホヤされるのか、わけがわからん。のっけからそんなアブナイ雰囲気で映画は始まる。ヒロインのノラ(エマニュエル・ドボス)は画廊の経営者。パリからグルノーブルの父親に会いに行くのに、切符をとれ、飛行機を手配しろとエラソーにいいつけている。いやな性格だ。この映画の面白さは「登場人物たちの人間模様」と言われるけど、人間模様ならどんな映画でもどんな監督でも描く。その人間模様を真っ黒に縁取ったのがデブレシャン監督の線の太さなのよ。こういうえげつなさはトリュフォーにはなかったな。ノラが最初の夫との間に生まれた息子をなかにはさんで、死んだ息子の父ピエールを回想する、これがただの死ではない。おまけに父親が証拠隠滅に一肌脱ぐ。いくら娘可愛いさのためとはいえ、大学教授がそんなことしていいのか。いいなんてものじゃない。オープニングはギターソロで「ムーンリバー」なんか聴かせておいて、そのあと展開される映画は残酷にむかってひた走る▼イスマエルを精神病院送りにしたのは彼のライバルだった。退院して楽団にもどろうとして事務所にきて「心配かけて悪かった」というイスマエルにそのライバルは告げる。このあたりから、それまでただのドタバタだったつまらん映画は逆転する。こうだ「君の健康など気にしていない。10年前から君が嫌いだった。君がノラと別れたとき、僕の楽団をやめさせると決めた。君のうぬぼれや嘲笑がたまらなかった。その粗雑さ。天才気取り。輝かしいヴィオラ奏者? よくいうよ、ただのわがままが」憎しみの塊だからってガセネタで精神病院に入れてしまうところがこわい▼もっと凄惨な暴き立てはこれだ。ノラは父親の最後の著書の校了を読んでいる。ページのおしまいにこんなメッセージを父は娘に残していた「可愛い娘に。お前はエゴイストだ。そうなったのは私のせいでもある。ふたり娘が生まれた。お前を愛したくなかったがお前のほうが可愛かった。気にいられようと懸命だった。母さんは入院ばかりで私はさびしかった。だから簡単だったな。お前を愛したよ、ずっと。暗い妹に比べ、お前は輝いていた。日に日に攻撃的になり横柄で辛辣で冷淡になった。だがお前が愛おしかった。今の私は静められないお前への怒りでいっぱいだ。ずたずたの体だがお前の反逆に怒りを覚える。お前の高慢さは辛辣な虚栄心に変わり、愚かな気取りをみせるようになった。歓びを感じてもそっけなく笑ったな。プライドから気弱に見せていたがそれは傲慢さがあったからだ。お前は従順だった。だが従順さのかげに強い意志と欲望をみたとき恐ろしさを感じた。お前が怖くなった。私はもうすぐ死ぬ。お前だけが生き続けるのは不公平だ。代わりにガンになれ。死んだら許してやるから。私は怒りを胸に死ぬ。お前が私より長生きするとは。代わりに死んでくれ。無理な願いだが」あっという父娘の秘密を白日のもとにひきずり出した監督は、めでたく三度目の結婚式にのぞもうとするヒロインのわきばらあたりに、赤いあざを浮き出させるではないか。さっそく親父の呪いの発現なのかよ▼ノラはノラでこうだ「愛した男が4人。殺した男がふたり」そしてしゃあしゃあと生きていく。イスマエルはノラの息子に言う「君との養子の話は受けないほうがいいと思うのだ。ぼくと君は気が合うから君のお母さんはそう考えたのだけど、ぼくは君と仲のいい友だちのままでいたい。無理に親子になりたくない」そら殺人鬼女とこれ以上関わりたくないわね。精神科医のドヌーブ先生があっさり退院させたのも道理、彼は極めてマトモだったのだ。ありふれた人生模様をありふれたものに感じさせなかったのは、登場人物たちが発露させる愛情と嫌悪が、千疋の蜘蛛の糸で織り上がる織物のように綾かに交錯しているからだ。

Pocket
LINEで送る