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特集「われらのダイナソー」

2013年1月16日

特集 「われらのダイナソー」 恐竜100万年 (1966年 ファンタジー映画)

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恐竜ファンタジーの古典 

 恐竜は6500万年前に絶滅したはずだろ。どうして100万年前の地上をうろうろしているのだ。そういうリアリズムはこの映画に不要だ。100万年前といえば旧石器時代。人類はヨーロッパではホモ・ハビリス、アジアでは北京原人やジャワ原人がいた時代、単純な石器を使用して狩猟し採集生活で生きていた。映画もそうなっている。まるっきり荒唐無稽じゃなくて、ちゃんと辻褄があっている、ところもある。で、でも、それが…まあゆっくりみていくと、人間がまだ言葉をしゃべらない時代だという設定だからセリフなし、コスチュームは動物の毛皮をまきつけただけだから衣装も要らない。コスト安だったにちがいない。登場人物は山間に住む黒髪族と海辺に住む金髪族。黒髪族は体も汚れきたならしく、背が低くずんぐりしたオジサンばかり。同族間同士で獲物をめぐっていがみあい、洞窟に雑魚寝して手づかみで食物を奪い合う、そのためには殺し合いも辞さない野蛮人。金髪族は…ホスト倶楽部みたいな青年がぞろぞろ、背も高くスマートでリーダーの長老のもとに統一がとれ、暮らしは清潔で男は狩猟の道具の手入れ、女は裁縫に料理にアクセサリー製作にと文化度が高い。おい、これだけハッキリ金髪碧眼族と黒髪族を差別していいのかよ▼その埋め合わせというわけでもあるまいが、主人公トマク(ジョン・リチャードソン)は黒髪族出身なのだ(彼だけモデルみたいにカッコいいのが不公平だけど)。そのせいかどうか野蛮な黒髪族からいじめにあい追放され砂漠を放浪し(といってもまる一日ほど)見たことのない海に出る。そこには黒髪族の女とは似ても似つかぬブロンドで長身の女たちがキャッキャッと魚を獲っている。彼女たちのコスチュームときたら全員超ビキニだ。無茶苦茶の時代考証だけどパス、パス。リーダーらしいのがロアナ(ラクエル・ウェルチ)だ。ウェルチは当時26歳みごとなプロポーションだ。驚くべきは72歳になった現在である。週刊誌やモデル雑誌が追い回し、写真をとっているが10歳年下のボーイフレンドが父親の年にみえるほどの若さだ。そういえば「ショーシャンクの空に」で主人公が刑務所の独房に貼るポスターがありました。最初リタ・ヘイワースでつぎがマリリン・モンロー、そのつぎがラクエル・ウェルチ。男性にとっては貼りたくなって当然、という女性なのですね▼黒髪族から追放されたトマクは金髪族の介護を受け、体力を回復し復讐のため部族にもどる、ロアナもいっしょに行く。この映画には恐竜がつぎつぎ出現する。始めに巨大トカゲ、巨大カメ、肉食恐竜アロサウルス(ちょっと小さめだが)、トリケラトプスにティラノサウルス(だと思うのだ。鼻に妙なツノがあるからちがうかもしれない)。トリケラトプスとティラノの死闘はCGなしによくここまでの迫力を、と感嘆した。この特撮の主がレイ・ハリーハウゼン。20世紀特撮技術の父だ。レイ・ブラッドベリとは高校時代からの親友で、ひとりは文学に、ひとりは映像に才能を刺激しあってきた。レイは恐竜が好きで本作のあと「恐竜グワンジ」でも得意の特撮を駆使している。日本の「ゴジラ」の公開は1954年だった。そのときはぬいぐるみに人が入っていた。12年後レイ・ハリーハウゼンの開発した人間と人形のコマ割りの同時撮影で、いっきょに「怪獣もの」はジャンルを確立した。恐竜ファンタジーの夢を映像化したのは、レイだといっても過言ではないと思う▼山野をさまよいながらロアナとトマクは黒髪族の本拠地をめざす。地底洞窟にすむ類人猿あり、巨大恐竜の激突あり、怪鳥あり、あれこれ話が展開するうちにトマクは黒髪族にたどりつき、みればボスが交代している。面倒だからいきさつは端折るが(端折っても全然影響ない)黒髪族と金髪族がいつのまにか部族間抗争を呈しており、男女いりまじった混戦状態のさなか火山が噴火する。戦争どころじゃない。大地震は起こる、溶岩は流れ出る、大地は割れる、割れた地面から火が噴く、大トカゲが首を出す(なぜかわからない)、気絶したトマクはだれかに助けられ(考えてみるとこのトマク、しょっちゅう気絶して介抱されるけっこうな役なのよ)天地異変もここまで、すべてが破壊された荒廃の大地を、難民となった敵味方が支えあいながら、別天地をめざすところで映画は終わります。「うーうー」「あーあー」以外のセリフがなく、恐竜とウェルチのビキニと特撮が、公開後半世紀たってもモノをいっている古典です。

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