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特集「ディーバ(大女優)」

2013年2月3日

特集「ディーバ(大女優)」 マリリン・モンロー 
アスファルト・ジャングル(1950年 犯罪映画)

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監督 ジョン・ヒューストン
出演 サム・ジャッフェ/ルイス・カルハーン/マリリン・モンロー

モンローがめざめる

たくさんのマリリン・モンローの写真のなかで大好きな写真があった。晩年だったと思う。34、35歳くらいか。ちょっとうつむき加減で目を細め気持ちよく笑っている。目尻に隠しようもなく刻まれた細いシワが、かえって笑顔をひきたてている。その写真を載せた本がどこを探してもないのだ。マリリン関係の棚を何度探してもない。まるでマリリンの肉体が消えたみたいになくなってしまった。探すのにくたびれ手近にあった一冊を取った。マリリンの若いときの詩がある。詩というかメモというか、メモ魔だったマリリンが紙にかきつけた筆跡そのままのものだ(「マリリン・モンロー魂のかけら」(青幻社 井上篤夫訳)。こうある「私たちがわかちあえるのは/他の人たちに受け入れてもらえると/わかっている部分だけ」「私はときおり人間が本当にやりきれなくなるー人が私と同じように、だれしも、みな、問題を抱えていることはわかっていてもーけれどわたしはもううんざりしたわ。理解しようとか/許そうとか/いろんなことを探し求めて/もう、ほんとうに願いさげだわ」20歳になるかならぬか、ひょっとしたら10代かもしれない。感傷のない感性の鋭さに驚く。さかしらな理解はうんざりだと拒否している。アタマだけのアプローチでなにがわかると嘲笑している。そうですね。行方をくらましたマリリンの写真を探すのは「やめなさい」と言われた気がした。探すのはもうやめなさい。わかろうとするのも理解しようとするのもやめ、ただここにいるわたしをみて。そう言っているような気がした。これからなにを書くにせよたぶん、マリリンをみつめることから始まるのだ。マリリンの生涯を思うとき胸にせまるものがある。どうしようもなく胸にせまるものがある。口を閉じただ思うしかないものがある。残された十数本の映画が、私たちに彼女が残した「思い」の姿を教えてくれるだろう▼この映画でマリリンは悪徳弁護士(ルイス・カルハーン)の情婦である。カウチにうたたねしているシーンから登場する。弁護士を「叔父さま」と呼ぶ。愛人という言葉を映倫が許可しなかったので彼女は「姪」という設定である。なんたる時代だったのだ。弁護士とは孫のような年の開きがある。胸にしなだれかかって甘える。猫がわがもの顔に飼い主の暖かい腹にねそべるようなものだ。そういえばこの映画には猫が出てくる。わびしい酒場の主人のバーテンがカウンターに猫をあがらせ餌を食わせている。このあたりがすでに「猫可愛がり」である。おまけに「腹いっぱい食いな」と飼い主は猫にやさしい。それをみた失業中の客が「人間もメシの食い上げのときに、猫がたらふく食っていると思うと殺したくなるぜ」とぼやく。「殺してみろ、ただじゃおかねえ」と主人は客をつまみだすのだ。店の騒動を尻目に顔もあげずむしゃむしゃと食っている猫がスクリーンの片隅からでていかない。ヒューストンは大酒飲みの賭博狂いの借金まみれのエゴイストですが、たぶん猫好きですね。きっと大女優になってみせるというマリリンの夢をささえたひとつは、この無名のときヒューストンに言われた「君はすばらしい女優になるよ」という一言だった。後年マリリンはヒューストンにひどい目にあうのだが、当時ヒューストンはマリリンが気にいっていた。なぜか。マリリンが猫に似ていたからだよ▼カウチに眠るマリリンは軽く膝を曲げている。無防備であどけない。このとき24歳だったがこどもみたいに見える。弁護士がアリバイ工作をマリリンに電話で指示する。受話器のむこうでマリリンが受け答えしている。弁護士の様子からして「なあに叔父さま。警察がきたらそういえばいいのね」気安く引き受けたにちがいない。警察が踏み込んできた。刑事らはマリリンに目をとめ偽証をただそうとする。やばそうだ。一点突破したいマリリンは、気のやさしそうな刑事だとみると「話をするのはあの怖そうなおじさんでないとだめ? あなたに話したいわ」愛人という言葉でさえカットされる時代に、大胆にも丸い肩もあらわな、黒いピッチリしたドレスを身につけ、ふるえる声で訴える。刑事は帽子を脱ぎ(文字通り脱帽である)「カマンベイビー。勇気を出して。すぐにすむ、利口になって本当のことを話すのだ」形勢をみてとったマリリンは「彼に言われた通り言っただけです」あっさり事実をばらし弁護士にはせいいっぱい「ごめんなさい、でもわたし努力したのよ」マリリンの出演シーンはこれだけだ。10分にも満たないがマリリンが現れるとあたりが明るくなる。熱線のようなものが観客席まで届く。モノクロの地味な映画なのに場違いなほど目立っている。マリリンはこの映画の12年後ふたたび眠る姿で世間を総立ちさせた。マリリンを注目させた映画に初めてマリリンが登場するのは眠る姿だった。彼女の生涯を閉じるときも眠る姿だった。まるで胎児のように安らかに、これから生じる波乱と混迷をマリリンはまだ知らない。しかしマリリン・モンローはめざめようとしていた。どんな逆境のときもただひとつ大女優をめざした自分自身の道を、マリリンは歩き始めようとしていた。

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