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特集「ディーバ(大女優)」

2013年2月4日

特集「ディーバ(大女優)」 マリリン・モンロー 
イヴの総て(1950年 社会派映画)

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監督 ジョセフ・L・マンキーウィッツ
出演 ベティ・デイビス/マリリン・モンロー

「わたしは這い上がってきたのよ」 

「アスファルト・ジャングル」で一部の関係者と観客に求められたものの、まだまだ人気がでるにはほど遠かった。話は前後するがマリリンが「七年目の浮気」撮影終了後のことだ。1954年11月4日ビバリーヒルズのレストラン「ロマノフ」でマリリンのために打ち上げパーティーが開かれ80人ものゲストが招待された。マリリンの私生活は質素だった。この日着ていた真紅のドレスはスタジオの衣装部から借りたものだった。きら星のようなスターが集まっていた。マリリンは憧れのクラーク・ゲーブルと踊り、ハンフリー・ボガードが飲み物を注いでくれた。ゲーリー・クーパーがいてビリー・ワイルダーが来ていた。ハリウッドになじめなかったマリリンはやっと自分がこの世界に受け入れられたと思った。マリリンは「ショウほど素敵な商売はない」のあと一日の休みもとらず「七年目の浮気」のロケに入ったのだ。この時期のマリリンの日程は殺人的だった。ハリウッドの大スターたちと肩を並べる名声を得ても、それを与えてくれたのは一般の多くのファンであることを彼女は勘違いしたことはない。マリリンは率直に「わたしは下からはいあがってきたのよ」と言っている▼「イヴの総て」は名もないスターの卵が「下からはいあがる」過程だ。田舎娘のイヴが純情を装って人のいい劇作家の妻の同情をかい、大女優マーゴの付き人になる。計算し尽くしたウソ八百を並べ劇作家を篭絡し、演出家に取り入り、マーゴを陥れ代役を手に入れ、ついには主演女優賞を手中にする。マーゴが自邸で開いたパーティーに関係者が集まる。そのなかのチャンスを狙う新人女優がマリリン・モンローだった。舌足らずなしゃべりかたで執事を給仕と呼び、同席の劇作家から「給仕じゃない、バトラー(執事)だ」と訂正されるが「お客さまのなかにバトラーさんがいたら勘違いするわ」と屁理屈をこねる。マーゴ役は大女優ベティ・デイビス。マーゴは紹介された小娘モンローをジロッとみてろくに話しもしない。こんな駆け出しと口をきくのははばかられるといわんばかりの設定である。マーゴの代役を決めるオーディションをモンローは受けるのだが、緊張のあまり肝心なときに下痢になってチャンスを逃すという筋書きだ。モンローがトイレに入っているあいだ、モンローを連れてきたエージェントがマーゴに聞く「彼女はどうだい」マーゴは「意外といい女優になるのじゃない」と答える。モンローは下痢こそしなかったがデイビスと出演する緊張とストレスで吐くことがあった。デイビスがモンローのことを「いい女優になる」と言ったのはセリフだけではなく本心だった。後日トークショーでモンローはいつか大女優になると思っていたと打ち明けている。たとえそうでも本人に甘いことをいわないのがデイビスであって「あなたの子猫のような声って最低最悪よ」とモンローをペシャンコにした(「マリリン・モンローという生き方」山口路子)。子猫みたいな声をだす駆け出しの女優は、しかしそれだけに終わらなかった▼売れない間マリリンはなにをしていたか。∪CLA(カリフォルニア大学バークレー校)の夜間学級に通い世界文学を学び、毎火曜日10週間欠かさず出席した。この時代女性が取り入れるのは稀だったジョギングとダンベルで体を鍛えた。マリリンは離婚した元夫についてカタリーナ島の海軍基地にいたとき、美しい体型を維持しようと軍のインストラクターにバーベルとダンベルの使い方を教わっていた。ジョギングが普及する30年も前に、ビバリーヒルズの小道を走っているマリリンの写真がある▼マリリンのスナップには本を読んでいるところがじつに多い。赤や黄やグリーンの可愛いストライプの、水着のようなものを着てジョイスの「ユリシーズ」を読んでいるマリリンの写真がある。ロサンゼルスの本屋で立ち読みしているマリリンの彼女の写真がある。彼女の蔵書は400冊以上を数えた。フローベルの「ボヴァリー夫人」、ベケットの「名づけえぬもの」、コンラッドの「密偵」、ヘミングウェイの「日はまた昇る」「武器よさらば」、スタインベックの「かつて戦争があった」、カミユの「転落」、ドライサーの「シスター・キャリー」、リルケの「若き詩人への手紙」これらは彼女の本棚にあった本のごく一部だ。後年「カラマゾフの兄弟」のグルーシェンカをやりたいとマリリンが言ったとき、グルーシェンカのスペルを知っているのかと聞いた記者がいた。ドストエフスキーが読めるのかとバカにしたのも同様の質問だったがマリリンは「自分で調べたら」とだけ言った。マリリンはひたむきだった。二歳か三歳で目の前に母親だという女性が現れてはすぐいなくなり、他人の家に預けられ16歳で高校を中退し早熟な結婚。学歴のないこと、父親を知らないこと、演技の勉強していないこと、二重三重のコンプレックスのなかで知識といえば豊富とはいえない、しかもとてもかたよっている自分の体験だけだった。ヌードモデルもやったしコールガールもやった。男と寝るのは「仕事のついで」みたいなものだった。大女優になるというただひとつの希望を守りぬくために必要なことはひたすら学ぶことだった。マリリンがそれをおろそかにしたことは一度もない。誤解と中傷はスターにつきものかもしれない。しかしマリリン・モンローという名前が世に出たときから、彼女ほど知的で繊細な実像からかけはなれ、不当に貶められてきた女性はいない。

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