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特集「ディーバ(大女優)」

2013年2月6日

特集「ディーバ(大女優)」 マリリン・モンロー 
恋愛アパート(1951年 コメディ映画)

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監督 ジョセフ・M・ニューマン
出演 ジューン・ハーバー/ウィリアム・ランディガン/マリリン・モンロー

待望のマリリン

25歳でマリリン・モンローは「ふるさと物語」とこの「恋愛アパート」に出演した。クレジットも字がだんだん大きく主役のつぎくらいに名前が出るようになってきた。モンローは確実に注目を集めるようになり、ファンレターは毎週二千から三千枚以上がフォックス気付けで届いた。スーザン・ヘイワードやグレゴリー・ペックより多かった。朝鮮戦争に出征中の兵士は彼女の写真をピンアップした。マリリンを取材するためにアパートを訪問した記者はホイットマン、トルストイ、リルケやアーサー・ミラーの著書が並んでいるのを見た。マリリンは増えてくる仕事に対応するのに、だんだん神経をとがらせるようになった。当時マリリンの演技コーチだったナターシャ・ライテスによれば、撮影に入る前は緊張のあまり吐いたり湿疹を出したりした。マリリンは真面目で努力家だった。ぎりぎりまで納得いくまで繰り返し、繰り返し準備に時間をかけ、セットに遅れることがあった。とくにメーキャップは念入りだった。すべてを完璧に演じようとしてどんな小さなこともおろそかにしなかった。監督によってはそういう振る舞いが生意気に映った。フリッツ・ラングもそのひとりで、俳優の特異性を認めたくなかった彼は、神経質なあまりセリフを忘れたマリリンを叱りつけた▼味方もいた。「フラッシュ・バイ・ナイト」で共演したバーバラ・スタンウィック。すでに成功を手に入れていた彼女は、将来が見込まれているとはいえ、繊細な感受性のためにセットで怯えきった新人女優に落ち着いて我慢強く接した。のちのローレン・バコールもそうだった。彼女はマリリンが好きだった。時間厳守でとくに遅刻に厳しいバコールだったがマリリンには寛大だった。いやしいところがひとつもなかった、不誠実なところがなかったとのちに述懐している。マリリンの役への没入がどんなものだったか「レッツ・メイク・イット・リーガル」で共演したロバート・ワグナー(「タワーリング・インフェルノ」「ブルース・リー物語」)は「あの有名なマリリン・モンローのイメージはものすごい努力と時間を注ぎ込んで創りだされたのだよ」▼マリリン・モンローとはマリリン・モンローが生み出したもうひとりの自分なのだ。マリリンは死の数週間前「スタジオはわたしをスターにしてくれなかった。わたしがスターだとしたらそれはみんなのおかげよ」と言っている。みんなとはなにものなのか。マリリンは物心ついたときから守りのない孤独のなかで人間関係が円滑に構築できず、内気でいつも棄てられることに恐怖し、セックスで男に応じることでおびえと不安を鎮めてきた。子供のころ映画会社に勤めていた母親とその友だちが自分のことをジーン・ハーローにしようとしていた。映画界とはマリリンにとって刷り込まれた世界だった。モデルをし、ヌードになり、カメラマンやエージェントやライターのツテをたぐってやっと映画でギャラをとれるようになった。20歳になるやならずで食べるためには街頭にも立ち、さんざん苦労したマリリンが、人間関係やビジネスにおめでたい幻想をもっていたはずがない。しかし彼女が稀なる女性だと思うのは、すれて当然だった現実感覚が、汚濁どころか透徹していることだ。いんちきとにせものを見抜く正直で素直な感性。生きることは理屈ではなく、与えられたチャンスに感謝し、その日の糧を稼ぐために最大の努力を払う健全な精神。人を裏切らず自分を貶めず、支配しようとする傲慢さをどこにももたない、生まれたばかりのような女。大衆が呼応したのは、そんなマリリンだった▼この映画でマリリンは帰還兵の主人公ジム(ウィリアム・ランディガン)の元同僚ロバータとして登場する。同僚ときいててっきり男だと思っていた主人公の妻コニー(ジューン・ハーバー)はロバータが金髪のセクシーな美女だとわかって仰天。マリリンは数分の出演だが、シャワーを浴びてバスタオル一枚で浴室から腕を出し、脚を伸ばして出てくるシーンは、完全にマリリンを見せるためだけに挿入したものだ。本作のような駄作でも大衆は正直だった。堂々と胸を張って挑発的な視線であたりをみまわすマリリンに目が点になった。1950年代だった。愛人という言葉にさえハサミが入るような権力に抑えられた世間で、自分の嗜好になにひとつ悪びれない、目の覚めるような女の登場を「みんな」はどこかで待ち望んでいたのだ。

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