女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「ディーバ(大女優)」

2013年2月13日

特集「ディーバ(大女優)」 マリリン・モンロー 
帰らざる河(1953年 西部劇映画)

Pocket
LINEで送る

監督 オットー・プレミンジャー
出演 ロバート・ミッチャム/マリリン・モンロー

キンゼイ・レポート 

1953年「キンゼイ・レポート」が発行されキンゼイ博士は当時蔓延していた、女の性衝動を認めない虚偽の倫理観を粉砕した。女性にも性的な積極性はある、などと書くこと自体いまではアホらしいとしか思えない、一方的な女性観の押し付けが「女の性」にはあった。それを転覆させるキンゼイ・レポートとマリリンの台頭が同時期になったことは、マリリンのセックス・アピールへのさらなる追い風だった。自分の美しく健康な肉体への信頼と歓び、それが男にアピールし欲望をかきたてることにひとつも悪びれない素直さ。女であることへの感謝と至福感に満たされながら「ダイヤモンドは女の親友」を歌うマリリンをみるとき、自然でのびのびした屈託のない性の開放を、人々はためらうことなく受け入れた▼「帰らざる河」はありふれた予定調和の筋書きという、あまり芳しい評判ではなかったが、そんなことはない。面白い。マリリン自身も「ナイアガラ」では巨大な滝「紳士は金髪がお好き」では豪華客船「百万長者と結婚する方法」は、ニューヨークはマンハッタンのペントハウス、このたびは壮大なカナディアン・ロッキーをバックに激流をいかだ下りと、これ以上はないド派手な舞台仕掛けに辟易した感はあったものの、仕事となれば一球入魂、ギターの弾き語りで歌は歌うし(4曲も)子供好きな情のある、鉄火肌でそれでいて影のある酒場の女を演じてとてもうまい。シャツとGパンでいかだをこぐ姿は少年のようだ。ところがこの少年、Gパンは脚にピチピチ、ブラウスは小粋でメークは完全、これが19世紀のロッキー原野に放り出され餓死しかけている若い女かよ、と思うと笑ってしまうが、まあいいでしょ▼粗筋も宝塚みたいだが、いやそれだからこそグイグイひっぱっていくのだ。宝塚をばかにするな。刑務所から出所したばかりの男(ロバート・ミッチャム)が別れた息子を探しに野立ての交易所キャンプにくる。にわか仕立ての酒場や屋台がにぎわっている。息子は男たちにビールを配っているが酔っぱらいがビールのバケツを撃ちぬいて困らせる。そこへ助けにきた親父は酔っぱらいをぶちのめし息子(7、8歳だろう)を連れて帰ろうとするが、息子は可愛がってくれたマリリンにさよならしてから、と言って楽屋に会いにいく。ここでマリリンとミッチャムが出会う▼いかだでくだることになった河は土地のインディアンが「帰らざる河」とよぶ急流である。なんで「帰らざる」か「これからわかる」とミッチャムがあの眠たそうな目で言う。いかだ下りのシーンはロケやスタジオで撮影された。マリリンは何度もホースの強い水圧で水を浴びせかけられたが文句ひとつ言わなかった。ミッチャムは「みな感心していたよ」と述懐している。このロバート・ミッチャムだがマリリンとは不思議な縁がある。マリリンが最初に結婚した夫が勤めていたロッキードの工場で、いっしょに働いていたのがミッチャムで、彼は当時からグラマーな女房だと思っていた。彼にはクールなタフガイというイメージがあるがそれだけではない。デビューから1997年79歳で没するまで約100本の映画に出演し幅広くこなした。なかでもチャールズ・ロートン監督の「狩人の夜」ではエセ伝道師の殺人狂。デビッド・リーンの「ライアンの娘」では妻の不倫にあう牧師。レイモンド・チャンドラーの「さらば愛しき人よ」ではハンフリー・ボガードのハードボイルドタッチとは異なる、初老のフィリップ・マーロウがじつに味わい深かった。ジョン・ウェインと共演した「エル・ドラド」も、女に逃げられアルコールに逃避した保安官の役で男の陰影を彫琢している。23歳で同級生だったドロシーと結婚し死ぬまで添い遂げた。マリファナ容疑で実刑判決を受け刑務所に入ったが冤罪であることが判明するなど、なかなか波瀾万丈なのだが自分で脚本も書く、歌も作詞するなど感情が豊かだった。彼はマリリンについてこう言っている「自分の演技をそれでいいと保証してくれる、そんな人が必要だったのだな。なるべく女の人がよかったみたいだけど」マリリンの心のなかにひっそりと住む、母親をさがす小さな女の子がこの苦労人にはみえていたのだろう。

Pocket
LINEで送る