女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「ディーバ(大女優)」

2013年2月16日

特集「ディーバ(大女優)」 マリリン・モンロー 
バス停留所(1956年 コメディ映画)

Pocket
LINEで送る

監督 ジョシュア・ローガン
出演 マリリン・モンロー/ドン・マレイ

単身ニューヨークへ 

1950年はハリウッド黄金期だった。テレビの脅威は徐々に伸長していたがそれを迎え撃つ力もあった。スタジオは傘下にかかえる俳優たちを駒のように動かして稼げる映画を制作した。効率よく俳優を稼働させるためにスタジオのおかかえ医師に睡眠薬や覚せい剤をすすめさせた。睡眠をとって休ませ、翌日睡眠薬でぼんやりしていたら覚せい剤で頭をハッキリさせる。危険きわまりない方法だし、ひとつ間違えば犯罪だろう。当時はそれを取り締まることも薬事に関する規制も緩く、医師の処方ひとつでどうでもなった。ストレスの強い人気俳優たちは大なり少なりクスリとアルコールに関係している。エリザベス・テイラーも危機に瀕した一人で、彼女の場合クスリに酒に肥満があった。食べることで孤独とストレスをまぎらわせていた。マリリンは酒が飲めない体質だった。せいぜいグラスに一杯か二杯。だがもっとたちのよくないものが加わった。マリリンをダメにしたのは睡眠薬と安定剤や覚せい剤をなんの疑いもなく無責任に与えつづけた医師、それも精神分析医だという見方がある▼マリリンはかかりつけの精神分析医の手配で精神病院に入院させられたことがある。この医師が入院させた病室は窓に鉄格子がはまり一歩も外へでられず、マリリンは病院側にどこのだれとも説明されておらず、監禁同様に拘束され半狂乱になった。マリリンは鍵のかかった部屋がこわかった。自分の家の寝室にも鍵をかけたことはない。院内でやっと許された電話をあちこちかけまくるがだれも病院側を説得する力がなく、マリリンを迎えにきて開放できたのは前夫ジョー・ディマジオだった。彼は心底マリリンが好きだったのだろう。別れたもののときには連絡をとり合い力になり、以前の高圧的な夫とは全然ちがっていた▼言語道断の措置に激怒したマリリンはその日のうちに分析医を解雇する。そしてまた別の分析医のセラピーを受ける。日本とちがいアメリカの分析医と患者の関係はストレスの多いセレブ階級では常識とされるが、どう言おうとマリリン・モンローのような有名人を自分の患者にかかえることは対外的に極めて「おいしい話」にちがいない。マリリンこの分析医に収容させられたときの状況について何通か手紙をだしているが、そのうち一通に「彼(病院の医師)はこんな精神状態でどうしてわたしが仕事できるのかと尋ねました。断固とした言い方は質問するというより宣言しているようでした。わたしはグレタ・ガルボやチャップリン、イングリッド・バーグマンが落ち込んでいるときに仕事しなかったとでも思っているの? と答えました。まったくジョー・ディマジオのような打者が落ち込んでいるからヒットを打てない、と言っているようなものです。とても馬鹿げていました」こんなしっかりした性格のマリリンにセラピーは必要だったのか。日本人なら沐浴潔斎し断食で胃腸を軽く、瞑想で頭をからっぽにすることをすすめる。分析医にかかるとマリリンはつぎつぎ手を変え言葉を変えて質問され、生い立ちや過去をいやでも思い出すことになった。それでなくても辛い忘れたいことばかりなのだ。とうとうマリリンは叫ぶ「そんなことはとっくに知っているわ。わたしが知りたいのはそれをどうやれば力にすることができるかよ」確かにマリリンにもクスリ依存はあったかもしれない。時代がそれをよしとする風潮だったからと言えたかもしれない。しかしマリリンはダンベルやバーベルで筋肉を鍛え、ジョギングで体力をつける、そんな健康な女性だった。彼女が望んだことではあるが、ふえる仕事と過密なスケジュール、にもかかわらず全力投球する熱心さ、人間関係とストレスに反比例して、マリリンの習慣が崩れ日常のリズムを狂わせ、体力と気力がぼろぼろになっていく過程を考えるとつらい▼この年の2月。早春のニューヨークだ。マリリンはアクターズ・スタジオのリー・ストラスバーグを自宅に訪ねた。父のもとにだれがきているのだろう、父が個人的に話をするなんて。気難しい父親の笑い声さえきこえた、そう娘のスーザンは思った。彼女は18歳だった。ややあって朝の太陽のように居間に入ってきたマリリン・モンローへの驚きをスーザンは素直な文章で書いている。マリリンがたちあげたMMP(マリリン・モンロー・プロダクション)とハリウッドを脱出してニューヨークのアクターズ・スタジオに学んだことはセックス・シンボルから本気で脱出をはかるマリリンの挑戦だった。まぶしいような脚光を浴びている女優が体ひとつで養成所に入るというのだ。「バス停留所」はマリリンの「ニューヨーク留学」の一年の成果を問うものだった。ストーリーは簡単だ。モンタナの牧場で生まれ育った21歳の世間知らずの青年ボー(ドン・マレー)が、ロデオ大会に出場するためフェニックスに来る。酒場で歌っている女シェリー(マリリン・モンロー)を一目見て「オレの天使」と決め、強引に故郷モンタナに連れ帰ろうとする。シェリーは逃げ出すが、ボーはカーボーイの投げ縄でシェリーを捕らえ、無理やりバスに押しこむ。マリリンはバスのなかで乗り合わせた若い女にこんなセリフをいう「結婚したいし家族を持ちたいわ。たぶんわたしには恋がどんなものかわかっていないのね。尊敬するような男がいいけど。わたしを脅すような男はいやよ。やさしい男はいいけど赤ん坊扱いはいや。結婚相手にはわたしに本当の心遣いをしてほしい」映画は好評をもって迎えられた。ジョシュア・ローガン監督は激賞した「マリリンは最も才能ある女優だ。温かく機知に富み仕事に没頭してくれる。彼女はわたしがいっしょに仕事をした最も偉大なアーティストだ。ハリウッドが今まで彼女にチャンスを与えなかったことは残念なことだ。彼女は敏感でいつも怯えていて、自己批判が劣等感にまでふくらんでしまうような女性なのだ」マリリンは大スターの座を占めた。その一方でMMPは法人という形になったことで、マリリン個人に対してであれば言い難かったかもしれない金の話を、経費というかたちで簡単にひきだせる財源になっていった。骨身を惜しまず働くマリリン・モンロー社長がいて、砂糖に群がるアリのように使う一方の関係者が何人も現れた。マリリンが願う「本当の心遣いをしてほしい」男性はなかなか現れそうもなかった。

Pocket
LINEで送る