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特集「ディーバ(大女優)」

2013年2月17日

特集「ディーバ(大女優)」 マリリン・モンロー 
王子と踊子(1957年 コメディ映画)

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監督 ローレンス・オリヴィエ
出演 マリリン・モンロー/ローレンス・オリヴィエ

マリリンに聞かせたかったこと

「王子と踊子」完成までのマリリンとオリヴィエの確執は語り尽くされている。マリリン自身も自分に細やかな配慮と好意を示し、万全の支持を表明したオリヴィエを「金持ちがスラムを見学するような態度」として打ち解けようとしなかったし、オリヴィエはオリヴィエで演技指導としてマリリンにつききりのポーラ・ストラスバーグが目障りなうえ、マリリンが自分の意見に従わないことに煮えくり返った。ポーラはそれまでコーチだったナターシャ・ライテスを解雇しポーラを雇っていた。夫のリー・ストラスバーグは法外なコーチ料をMMP(マリリン・モンロー・プロダクション)に請求し、副社長のミルトン・グリーンは激怒した。彼はもともとリーが胡散臭かった。メソッド方式か何方式かしらないが、娘のスーザン・ストラスバーグの収入に頼り、これといった稼ぎのない演技の先生なんて、ミルトンからすると力がないばかりか公害に等しかった。マリリンがリーの門を叩いたことはこれまたリーにとって「おいしい弟子」が鴨ネギで入ってきたようなものにちがいないと見た。ミルトンはマリリンの夫アーサー・ミラーも嫌いだった。結婚式の当日、浮かない顔のマリリンに「今なら間にあうよ、式場から出ていこう」なんて言い出したのはミルトン夫妻である。彼らはMMPたちあげまで収入のなかったマリリンを公私にわたって支えてきた。気前のいいマリリンは、うれしいことがあると惜しみなく金を使ったがその金はミルトンのもので、彼はマリリンに金の不自由をさせないため、自宅を担保に融資を受けることまでしたのだ。だからマリリンが使うのはいい、しかしリー一家がその金、つまり自分の金をホイホイ喜んで使っているのは胸くそ悪かった。マリリンをハリウッドの奴隷から開放し絢爛と才能を花開かせたのは自分だという自負がミルトンにはある。それになんだ、あの亭主は…とミルトンの矛先はアーサーに向く。田舎の別荘を買ったのはほとんどマリリンの金、離婚した元女房への慰謝料もマリリンの口座から、残してきた子供の養育費ももちろんマリリンの稼ぎ。小声で「これ、MMPの経費でなんとかならないかな」と耳打ちしてくるアーサーをミルトンは信用できなかった。アーサーはアーサーで自分とマリリンの間に入ってあれこれ口をはさむミルトン副社長が邪魔だった。しかしミルトンもMMPの経費で自宅の豪華家具セットを購入したことがわかりマリリンの信頼を失墜した。マリリンはミルトンを解雇する。結婚してからアーサーが、マリリン・モンローという巨大な渦に巻き込まれほとんど一行も書けなかったことは確かだ。アーサーはアーサーで結婚を後悔した。マリリンがちらっとみたアーサーのメモに「結婚は失敗だった」という言葉をみつけたのも「王子と踊子」撮影中だ。もちろんアーサーは「ばかだな、そんなの小説のヒントだよ」とか言ったがマリリンの野生動物のような鋭敏な感性をごまかせるはずもなかった。この時期マリリンは妊娠に気づく。オリヴィエはそれを知らず、マリリンの不安定になりがちな情緒を怠慢として咎めた。二ヶ月でマリリンは流産した。オリヴィエ夫人はヴィヴィアン・リーである。スカーレット・オハラで二度目のオスカーという、偉大な女優であることは認めるが、彼女はマリリンを軽薄なアメリカ娘と扱っていた。ヴィヴィアン・リーはこの手のバッド・マナーが多い。ジャンヌ・モローがイギリスでオリヴィエ夫婦にあうことになったときのことだ。ヴィヴィアン・リーはジャンヌにローレンス卿にあなたの英語が通じるかしら、というようなことを言った。ジャンヌの母親はイギリス人であり、英語は彼女にとって母国語にひとしかった。語学力云々の前に、ゲストをもてなすホスピタリティーの基本的な情報さえ、押さえていなかったのだ▼しかし、である。オリヴィエは非凡だった。撮影の前後を通じて彼がマリリンについてどんな否定的な発言を口にしたにせよ、仕事の現場でアタマにきたら罵詈雑言を浴びせる監督はオリヴィエだけじゃないだろ。この映画をみるかぎりオリヴィエがマリリンを軽んじていたとは思えない。マリリンがきれいに撮れる限りの撮り方でオリヴィエ監督はマリリンを撮っている。もちろんマリリン自身の美しさはある。あるがオリヴィエのあまりに大胆なマリリンのクローズアップは、まさに「この人を見よ」という監督の宣言以外にないのだ。マリリンはマリリンでオリヴィエについて「意地悪で厳しくて、わたしのことが嫌いで怒ってばかりいる天才バカ」みたいな言辞を周囲にもらし、二人が犬猿の仲のように受け取られていたが、そうだろうか。マリリン・モンローという、人が考えるよりもっと複雑で知性の練れた女がローレンス・オリヴィエの演技や監督術を見誤るはずはないのである。確かに金持ちがスラムを見学するみたいなミエミエの好意を嫌味だと思ったかもしれない。しかしオリヴィエの自伝を読めば慇懃無礼はマリリンだけにではなく、ほとんどの相手にふるまっているオリヴィエ生得のものだとわかる。そんなことをいくらあげつらったところで一文のトクにもならないと理解できるのがマリリンではなかったか。この映画のオリヴィエの気合の入れ方は相当である。彼こそマリリンの実力が、世間でいうのとはまるで違う容易ならざる相手だとわかったのだ。マリリンが遅刻しようとヘンなコーチが口をはさもうともうどうでもいい、そんなことに気をとられ手をぬいたら自分が食われるとオリヴィエは知った。それこそが一流というものだろう。天性の資質がいま開くマリリン・モンローという大輪の花が、名優ローレンス・オリヴィエを相手にがっぷり四つに組んでいる。たじたじとさえさせている。もちろんこれまでの映画もよかったですよ「バス停留所」も「七年目の浮気」も「帰らざる河」も。でもこの映画はケタちがいだ。力と力のぶつかりあいがスクリーンの空気を濃厚にするマリリン生涯の一作となった▼すったモンダの緊張とトラブルのなかで撮影は終了し、ロンドンの新聞は書いた「ミス・モンローは才能ある喜劇女優だ。間のとり方に素晴らしいものがある。彼女は完璧な人物像を描き出し、人を感動させるペーソスを備えている」イギリス人はマリリンに好感をもったのだ。マリリンという憑き物が落ちてすっかり落ち着いたオリヴィエは、どこに行っても話題はマリリンで僕のことをひとつも聞いてくれないとおどけた。10月29日マリリンはエリザベス女王の招待を受けた。エンパイア・シアターでイギリス映画が上映される前にゲストたちは女王に謁見した。ブリジッド・バルドーがいた。アニタ・エグバーグが、ヴィクター・マチュアがいたが女王はマリリンの前でだけ足を止めた。マリリンは肩も露わなドレスで優雅に一礼し、差し出された女王の手を取った。マリリンは女王が自分の豊かな胸を見つめているのに気づいた。いかにも女性らしい素直な好奇心で、自分の胸をみているこの同い年の女性にマリリンは好意を持った。女王と目があい、ふたりは同時に笑みを浮かべた。新聞は再び書いた「ミス・モンローはイギリス中をとりこにしてしまった」▼マリリンの死後オリヴィエはこんな評価をしている「意識下に隠れたあれほど賢さを感じさせる女性はいなかった。彼女のパーソナリティはスクリーン上に強く表れていた。彼女はスターの演技をしたのだ。私が彼女にいらだちを覚えたのは私のキャリアがマンネリになっていたからだ。私は50歳に近く焦りもあった。彼女は素晴らしかった。世界一だった」マリリンとオリヴィエは二度と会うことはなかった。オリヴィエの厳しい自己評価を込めたこの言葉が、大女優への尊敬にあふれていることを人は知った。それを聞けば世界でいちばん喜んだにちがいないマリリンに聞かせたかった。

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