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特集「ディーバ(大女優)」

2013年2月19日

特集「ディーバ(大女優)」 マリリン・モンロー 
恋をしましょう(1960年 ミュージカル映画)

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監督 ジョージ・キューカー
出演 マリリン・モンロー/イヴ・モンタン

運命の子 

愚問かもしれないが、マリリンはブロンドでボインのセックス・シンボルという自分のイメージを変えようとしたのだろうか。MMP(マリリン・モンロー・プロダクション)設立はマリリンの独立宣言であり、大スターをめざすプロセスの第一歩だった。事実「バス停留所」「王子と踊子」の彫りの深い演技は好評で迎えられた。しかし、だ。マリリンはどんな作品を演じたかったのだろう。ひとつは「カラマゾフの兄弟」のグルーシェンカだとわかっている。でもミュージカルや歌やダンスが好きだと自分でも言っているし、コメディエンヌとしても歌手としても一流であることは証明済みだった。他の追随を許さぬ自分のストロング・ポイントをマリリンが棄てるはずはない。歌って踊ってシリアスな内容といえば「ウェスト・サイド物語」が思い浮かぶが、マリリンはシリアスにこだわったのだろうか。コメディに強い女優こそ業界には少なく、コメディはマリリンの武器だった。だからマリリンが従来の既成路線を大きく踏み外すところで大スター、マリリン・モンローをイメージしたとは思えない。従来の役柄に不満はあったが、自分がチャレンジするべき未来の女優像や、演じる役の具体的な固有名詞はまだ描いていなかったと思うのだ。確かにジーン・ハーローや何人かの俳優の名前をあげたことはあるが、マリリンはこの時期自分がもはやだれの後塵を拝する必要のない、独自の存在になっていることを知っていたはずだ。疑うべくもない成功はいっぽうで、いままでのレベルとは比べ物にならない、深い模索に入っていくことをマリリンに予感させていたにちがいない▼マリリンは受け入れる女を演じてきた。男にやさしい、情のある、でしゃばらない、男が女の鑑とするような女性が多かった。マリリンが攻撃的で支配的な女を演じたことはなかった。マレーネ・ディートリッヒやベティ・スミスや、キャサリン・ヘプバーンの、夫の荷物を家から放り出す女(「フィラデルフィア物語」)、男の懇請を無視して社交界から締め出される気の強い令嬢(「黒蘭の女」)、殺された元情人にまばたきもせず「アディオス」とだけ残して夜の闇に消える娼婦(「黒い罠」)。こういう女の要素は薬にしたくてもマリリンにはございませんのですよ。「ナイアガラ」は悪女役ではあったが、男の影に怯え逃走する神経の細い女であって、男を返り討ちにする女ではなかった。男が目的を達したら、男の邪魔にならないよう黙って酒場の歌手に戻る女(「帰らざる河」)、自分に浮気しかかった気のある男の話に耳を傾け、自信を与え、めでたく妻と家族を選ぶ男を微笑とともに窓から見送る名前のないやさしい女(「七年目の浮気」)。マリリン自身そんな自分の分身にいやけがさしていなかったか?▼だれがみても成功の頂点にいたマリリンが自壊とか、自滅としかいいようのない死に方をした。確かに不幸な事故だったがそれを誘発したのは過剰な薬物の摂取と精神科医への依存だ。マリリンはふつうの子供が当たり前として育つ、無条件で自分を愛してくれる両親の、とくに母親の存在を知らない。マリリンが自分で人に語ったほどひどい少女期ではなかったことは明らかになっているが、自分がしっかり守られてきた、命にかえても守ってくれる人がいたという記憶がないから、いつもだれかが自分をとがめ、批判するような気がして神経をぴりぴりさせていた。16歳で結婚したのも、周囲の都合で結婚させられた説もあるがマリリンの意思が働いていなければしたはずはない。ロッキードという大企業に定職があり、所得だって16歳の若い独身のマリリンからみれば高給取りだったにちがいない。孤児院よりもっと居心地のよい家に住めて、自由で、お風呂も入れて青い縞の大嫌いな制服を着なくてもよくて、夫となる若者は近所ではハンサムで真面目な会社員というだけで、マリリンは幸福だっただろう▼ほとんどの写真でみるマリリンは自信にあふれたというより、天真爛漫というほうが近い。あんな健康で美しい肉体があれば脱ぎたくなって当然よ。それどころじゃない女優も男優も恐れ気もなく脱いでいるのに。人がみたくないものを無理にみせようとすることを破廉恥というのよ。詮なきことは思うまい。ただあまり「恋をしましょう」がくだらなかったので、なんでこんな映画にでるつもりになったのかを考えるでもなく考えていたら、マリリンはどんな映画に、どんな役をやりたいか自分ではまだ方針をたてていなかった、まだわからなかったのだと思わざるをえなかった。わかっていればさっさと気に入った脚本を選んで映画化していますよ。MMP設立の最高のアドバンテージは自分の出演作を自分で決められること、監督も脚本も選べる、マリリンにとって夢だった選択権を手中にしたことなのだから。でもこれはながく続かなかった。副社長ミルトン・グリーンの解雇によって経営の中心を失ったMMPは「王子と踊子」以後税金のがれのかくれみのでしかなかった。マリリンの身の上に起こったせっかくのいいことが長く続かない。これもマリリンの生涯でよく見受けられたことだ。マリリンは自分の身の上にいいことは恵まれないと思っていたのだろう。この幸せが長続きして欲しいという一般人の執着がないばかりか、失うことを心配ばかりしているのだ。幸福とか恵まれた環境とかいうものが居心地よくないとでもいうように。まるで心の闇に一種の親派さえ持っているみたいに。マリリンが、だれしもが子供時代に得る情緒的基盤にさえ恵まれていれば、もともと頭のいい性格の強い、冷静な彼女が精神科医や薬物に頼ることはなかった▼新しい自分の方向性を決める岐路にいたマリリンにさらに不運だったのは、夫アーサーとのパートナーシップがメタメタになっており、アーサーが能力を発揮すべき小説や脚本の分野でこれぞマリリンという新しいイメージの創出を助けられなかったことだ。そら離婚しようという妻に素晴らしいイメージが結べたら離婚には至らんわ。このあたりのマリリンのことを考えると、マリリンの人格が至るべくして至った運命のようなものを感じる。もしごく普通の家でごく普通の父親と母親のもとで大きくなっていたら、神さまはマリリン・モンローという大女優をわたしたちに送り込みはしなかったが、ノーマ・ジーンという心ふるえる幸せな女性が存在することを許しただろう。神はマリリン・モンローに魔を授け、生命と平安を奪い永遠を与えたのだ。

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