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特集「ディーバ(大女優)」

2013年2月20日

特集「ディーバ(大女優)」 マリリン・モンロー 
マリリン・モンロー ライフ・アフター・デス(1996年 ドキュメンタリー映画)

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監督 ゴードン・フリードマン
出演 マリリン・モンロー/ミルトン・グリーン

傑作「黒の背景」

これは写真家であり、マリリン・モンローといっしょにMMP(マリリン・モンロー・プロダクション)をたちあげたビジネス・パートナーでもあるミルトン・グリーンの遺児、アンソニー・グリーンが全面協力し制作総指揮にあたったドキュメンタリーだ。生前のマリリンを撮った多くの写真が父ミルトンのもとに保管され、彼はそれを公表しなかった。ミルトンとマリリンの関係は、最後にはMMPからのミルトンの解雇という形になったものの、32歳のミルトンと28歳のマリリンがやったことはハリウッドを仰天させた。俳優を契約でしばり奴隷扱いしたというが、フォックスからすればマリリンは後脚で砂をかけて出ていった放蕩娘であろう。マリリンはすでにフォックスが代表する映画会社のシステムを憎悪するようになっていたし、ちょっとでもフォックスの息のかかったエージェントは解雇するという徹底ぶりだった。ハリウッド帝国に反旗を翻したのは女優のなかでマリリンだけである。重役たちは悪夢のようになすすべがなかった。マリリンは契約の抜け道をさがす弁護士で脇を固め、新生マリリンに向かってはばたいた。マリリンは繊細ではあったが弱い女ではなかった。マリリンの果敢な決断力となんでもないようにそれを実行する粘り強い、しなやかな強靭さがもっともよく現れたのがこの独立劇だろう。ミルトンが撮ったのはこういう時期のマリリンである。マリリンの美しさと力が存分にひきだされている▼マリリンは即興のインタビューや記者会見が苦手だった、嫌いだった。彼女が裸でいると安心できるのは、自分が言葉で表現できない豊かな感情を込められる唯一のメディアが裸だったからだ。子供のころしゃべろうとすると緊張のあまり吃音がでた。学校では「ムムム、ガール」なんていわれたものだ。大人になってからも不意のインタビューや取材、あるいはプライベートな会話でも、しっかりいわなければいけないと思えば思うほど「ムムム」となった。子供の頃のナーバスな緊張癖をそのまま持っていた。マリリンはだからセリフが苦手だった。覚えられないのではない。覚えたセリフがすぐ出てこなくて笑われないかとか失敗してはいけないとか、そんな心配が先にたつのだ。マリリンのプロフェッショナリズムは徹底していた。完璧とか完全という言葉をマリリンはよく使っている。セット入りの遅刻をとがめられたとき「映画を見に来るお客さまにわたしの遅刻は関係ないわ。映画が封切られたら会社もわたしの遅刻のことなんか忘れているわ。でもお客様には完全な状態でないと失礼だわ」そして飽くことなくメーキャップをやり直すのである。だからマリリンの遅刻は一生直らなかった。彼女にとってそれは「完璧でなければならない」女優道の正義だったからだ。こんなに自分自身を締めあげたらだれでもしんどくなる▼言葉の要らない写真の前で彼女は開放された。マリリンがピンナップガールとして世に出たことを思い出そう。女優の露出にいまほどメディアがなかった時代、カレンダーやピンナップ用の写真をファンは待ち受けていた。マリリンはピンナップのアイドルだった。たかがピンナップ出身でろくに演技も勉強していないと、彼女をバカにする批判はあとをたたなかったが、写真こそがマリリンを開花させたのだ。カメラの前で無心にポーズを取る、美しい最高の素材をカメラマンたちがほうっておくはずはなかった。マリリンはマリリンでどんな女の写真が受けるかよく知っていた。彼女が働いていた工場にいる若い男たちは有名な女優の硬いポーズではなく、気取らずのびのびした、それでいて愛らしく健康で女らしい、きさくなモデルに惚れ込んだのだ。映画で、たとえば「七年目の浮気」でアパートの中年の管理人のオジサンが、部屋に隠れてきたマリリンが首をだしたところをみて「うわー。お人形さんじゃないか」と感嘆の声をあげる。その可愛らしさの実感。モデル時代にマリリンは大衆の求めるものを肌でつかんだ。これこそどんな学校も教えることのできなかったスターの真髄ではないか▼マリリンは自信をもてばよかったのだ。マリリンに一度でいいから「お前はすばらしい子だよ」と言ってあげる人がいればよかったのだ。マリリンはのちにこう言っている「わたしはスターになりたいの。マーベラスなスターに」マーベラス(素晴らしい)こそ、彼女が子供のときいちばん聞きたかった言葉だった。子供にとっては一度や二度、親から言われたことがある普通の言葉なのに。ミルトン・グリーンに「黒の背景」という一連の傑作がある。黒いハット、黒いドレス。黒い網タイツと下着。白が大好きなマリリンにあえて黒をまとわせ、黒に閉じ込めた世界でマリリンはエロティックな化学反応を起こした。マリリンのナルシズムと性的な感覚はカメラにむかって滲み出るのだ。カメラに見つめられる自分に吐息をもらし、ひとりであることに限りなく充足する。それはミルトン以外だれも写しだすことのできなかったマリリン・モンローの孤独の本質だった。ビジネスや財政管理を弁護士に一任したマリリンは28カ月にわたってミルトン夫妻とともに暮らした。ハリウッドで得られなかった心の平安を取り戻したマリリンを「新しいことを経験し楽しそうだった」とミルトンの妻エイミーは回顧している。

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