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特集「ディーバ(大女優)」

2013年2月21日

特集「ディーバ(大女優)」 マリリン・モンロー 
マリリン・モンロー 最後の告白(2008年 ドキュメンタリー映画)

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監督 パトリック・ジュディ

栄光の孤児 

上野千鶴子・信田さよ子著「結婚帝国」(河出文庫)でお二人は言っておられる。上野「ナルシズムには一つのネックがあります。ナルシスのパラドックスですが自己愛というのは他者の承認なしにはなりたたないということです。だからこそ〈誰も関心をはらってくれないわたし〉が、お金を払って買うのがグルーミング産業」(略)信田「そういえばカウンセリングもグルーミング産業ですね」上野「そうですね。自己が自己であるということの確証がとめどなく崩れていっているため、金を払って、自分とは直接関係のない第三者に自己であることの確証を提供してもらうということでしょう」信田「そのような装置なくしては、わたしがわたしでいられない時代になってきているわけね」マリリン・モンローのことを考えているときだったので、まるでマリリンのことをいわれたような気がした▼本作は元地方検事ジョン・マイナーが保管していたマリリンと精神科医ラルフ・グリーンソン博士の会話のテープをもとに作られた。マリリンはグリーンソンと死ぬ2年前に会い、死ぬまでグリーンソンのカウンセリングを受けた。グリーンソンはUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の教授であり、ハリウッドのセレブが顧客にいる有名精神科医だった。そもそもマリリンにカウンセリングを受けるようすすめたのはリー・ストラスバーグである。役者が真の感情を表現するには演技と精神療法のつながりを重視する、というのがストラスバーグの方針だった。反対者も多かった。ヨーロッパの映画人はジャンヌ・モローにせよロミ・シュナイダーにせよ、総じて反対というより嫌っていた。なかでもローレンス・オリヴィエは最大の反対者だった。彼が監督となり、リーの妻に演技指導を受けるマリリンと共演したのだから、オリヴィエのマリリン批判は半分メソッド方式へのツラあてだったろう。演技の動機づけとか議論なんかなんの役にも立たぬ、愚の骨頂とまでオリヴィエは斬って棄てている▼グリーンソン博士はマリリンをどう扱ったのか。ドキュメントは「グリーンソン博士は医者と患者の一線をこえた」なんて言っている。要は医師として取るべき冷静な態度、判断を失って博士はマリリンにのめりこんだってことらしい。伝記作家のドナルド・スポトは弾劾していますね、グリーンソン博士のことを。家族ぐるみのつきあいなんて患者と距離をおくべき医師のやることじゃない、彼はマリリンをわがものに、自分の支配下におきたかっただけだと。スポトの調査はグリーンソンの家族構成や経歴まで洗い出した。マリリンが新しく買った家はグリーンソンの家そっくりで、送り込まれた家政婦はグリーンソンのスパイだ、マリリンは分をわきまえず図々しくなるこの女を嫌い解雇した。グリーンソンはマリリンを殺したとはいえないが責任は重大だ、マリリンのおそるべき死の真相はグリーンソンともう一人の内科医の、医師としてあるまじきミスだ、それに家政婦も加担したとはっきり書いている▼本作ではそのへんが曖昧だ。グリーンソンはマリリンがよりかかりすぎて疲れ果て(そう仕向けたのは自分だろ。マリリンのような女が相手だとたいていそうなる。でも男にはそれがわからない)ヨーロッパに逃亡した。留守中のことは娘にたのんだ…患者をほったらかしてなにごとだ、しかも医者でもない娘に後方処理をたのむとは医師の風上にもおけん、スポトの筆致は冷静ではあるが怒りがこもっている。本作ではマリリンが行きずりの男と行為に及び警察から連絡を受けたとか、そんなことをテープにふきこんでいる。医者ってこんなことまでいわなくちゃいけないの? だいいち彼の言葉以外に証拠でもあるのかよ。それに「おぼれていくマリリンはグリーンソンを深い闇の世界にひきずりこんだ。グリーンソンは医師と患者の関係を越え、夜中でも相談に応じた。自分の子どもとマリリンを交流させ、マリリンを自宅に泊まらせた。他の患者の依頼を断ってマリリンを優先した。マリリンはグリーンソンに精神分析はわたしを助けてくれないと訴えた。もう彼に頼りたいとは思わなかった」と本作にある。つまりとうとうマリリンはグリーンソンを信用しなくなったってことなのだけど、言い方があやふやなことおびただしい。ドキュメントとはドラマの構築でも作り手でもない。事実をはっきり叙述することだ。本作を見ていてもマリリンは最後になにを選択したかったのかひとつも明らかにならない。番組の作り手はもっと主張を明晰にすべきだ。別のドキュメンタリー映画「マリリン・モンロー 誰が彼女を殺したのか」は、精神分析がマリリンにとって有害無益だったという軸足を明確にしている▼いうまでもなくこの時点(2008)で、マリリンに関するおびただしい資料は発刊され、映像は公開され意見は百出していた。マフィアがどうとかケネディがどうとか、ケネディとの情事は一度あったとされるが、ロバート・ケネディは関係ないというのが定説となっている。読者受けをねらったガセネタも限りなく出版された。どうであれ間違いなくマリリンは死んだのだ。殺人でもなければ自殺でもなかった。悲しいけど事故だった。それについてはマリリンに振り回された精神科医にも医師としての責任がある。それだけのことだ。生死に関するマリリン・モンローの検証と物語は現在に至るまで続いている。マリリンが21歳かそこら、女優になりたてのころだ。お金を節約するためあまり貧しい食事をしているので、当時のボーイ・フレンドが「食事ってそれだけか」と聞いた「朝はグレープフルーツにコーヒー、昼はカッテージチーズ、夜は焼かないハンバーガーを一本買って帰って夜食に。もう少しえらくなったらせめて一日一ドルちょっとくらい食べようと思っているの」彼はマリリンがほとんど無一物であることを知った。名声を得たのちもマリリンが宝石を買いあさるとか、豪邸を建てるとか、ごひいきのブランドで身を固めることはたえてなかった。やっと自分の家を買ったのは死の年である。そこに住んだのは5カ月にすぎない。でもマリリンはこのスペイン風の平屋の家がうれしかったのにちがいない。生まれて初めて所有した自分の家だった。大好きな白で統一し家具を選んだ。大スターらしからぬこの小さな家をみると、マリリンが無名のころからそうだった、物やぜいたくに関心のないさばさばした生き方は終生変わらなかったと思える。マリリンはだれのものにもならず、だれにも属さず、自尊心にあふれ「わたしはわたし」を完結させた類まれな女性だった。人生はみな自分なりにしか生きられないのに、自分以外のものになろうとする人は多い。マリリンは誇り高く精神の砂漠をひとりで歩く女だった。自分以外無一物であることがさわやかなほど似合う、栄光の孤児だった。

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