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シネマ365日

2013年2月27日

スウィート・ノベンバー (2001年 恋愛映画)

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監督 パット・オコーナー
出演 キアヌ・リーブス/シャーリーズ・セロン

可哀想な男・それがわかる女の話 

 キアヌ・リーブスとシャーリーズ・セロンの共演のラブロマンスとなれば、美男美女のカップルでどんな映画になるかという興味もあるが、ひとつ間違えばラズベリー賞をにぎわす映画になるという見本。ラズベリー賞は決してばかにしたものではなく、常連のシルベスタ・スタローンなんか「ラズベリーの帝王」が一種の勲章みたいになって、上手に同賞と付き合って楽しんでいるけどね。しっかり者のシャーリーズ・セロンがなにを血迷ってと思ったが、そういえば彼女、この4年後アニメの映画化「イーオン・フラックス」に出演するのよね。これってきっと「スウィート・ノーベンバー」で馬鹿らしい映画の醍醐味にめざめたからにちがいない。キアヌ? 彼はとっくに大好きですよ。本作はゴールデンラズベリー賞の最低リメイク及び続編賞・最低男優賞(キアヌ・リーブス)と最低女優賞(シャーリーズセロン)にめでたくノミネートされました。リメイクというのは1968年の「今宵かぎりの恋」の再映画化だからです▼主人公ネルソン(K・リーブス)は大手広告会社のディレクター。業界の有名な賞を2度もとったやり手だ。自信過剰とジコチューと独断に独善を一身に担っている男。その日もベッドから飛び起き「よかったよ」とかたわらのパートナーに一声かけるや、バタバタと服を着ながら(ニワトリみたいに騒々しい)「ホットドッグ、ホットドッグ、おれのドッグは最高」と声にだして自己自賛。ドッグとは男性自身の隠語である。彼女が「そろそろ両親に会ってくれない?」と頼んでも結婚する気はまったくない。自分勝手を絵に描いたようなやつなのだ。上半身裸になったキアヌにご注意。彼は太りやすいのよね。この映画ではまだ服をきたらごまかせる段階だったけど、腰回りにどうしようもなく「ぽってり感」がただよっている。放っておけば「カガミ餅現象」が現れるのは疑いがない▼このネルソンが免許証の切り替えで運転試験場に行った。ここでサラ(C・セロン)に出会います。サラはネルソンがなにか余計なことを話しかけ、それに答えたばかりに試験官から注意を受け不合格。「あなたのせいよ、どうしてくれるの」と詰め寄るとネルソンは「これでかんべんしろよ」と金を渡す。いったい「ドーユーこと? 一言すまないと言えないの」サラは頭にくるが「だれにでも思いやりってものがあるだろ」とネルソンは図々しい。「本日の〈思いやり〉は売り切れよ」。このあたりまではまあ普通に進むのだ。ところがこの先がややこしくなる。サラはネルソンに11月の1カ月間、恋人になってやってもいいと言う。ネルソンはバカバカしくて断るがサラの言い分は「あなたのような、どうしようもない可哀想な男、愛も知らず思いやりもない憐れな男を、わたしは直感でわかるの」わかったってべつにエエやないかと思うが、サラはそうではない。なにか使命感があるらしいのだ。恋人になる条件は「いっしょに住む。仕事をやめる。時計と携帯は捨てる」▼ネルソンは得意先のプレゼンで大失敗する。自信過剰が仇になり、強気というよりおしつけがましい提案にスポンサーは不快感丸出し。ネルソンは傲慢なうえに忍耐を知らない。オレのプレゼンを理解できないお前たちこそバカの骨頂だと、まー、口あんぐりの言辞を弄し、会社の上役にまで逆ギレ。おれみたいな優秀な男をクビにできるものかと思っていたのはどうやらネルソンだけで、会社はあっさり彼を解雇。そこで「仕事をやめる」条件だったサラの恋人をやろうと彼女を訪問する(こんな好都合な話ってあるのか)。サラの感化でネルソンはだんだん、自分にも人にもやさしくする生き方に喜びを見出す。そこへサラの以前の「恋人」が現れた。彼はいまもサラといい関係を保っているのだが、サラは1カ月単位で男を捨て、つぎつぎ入れ替えるというのだ。つまり彼女は不幸な男を直感的にみつけては救済を施すため、1カ月間同棲し、効果を確認したら別の男に移るってこと?▼この映画についていけなくなる予感がするが、仕方ない、乗りかかった船だ。サラの病気は不治の病だとネルソンは知り「僕が看護するよ」涙がでるほどうれしいことをいってくれるのにサラは拒絶。実家に帰るのですって。なにを今さら。2階にあがってハシゴをはずされたネルソンの身にもなったれ。サラは実家に戻って養生専一、11月の落葉が散る日ネルソンに別れを告げ「目を閉じていて」と頼み、ネルソンが目をあけると彼の手に残ったのはマフラーだけ。詐欺か~。

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