女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「女のわがまま」

2013年3月2日

特集「女のわがまま」 恋 (1970年 恋愛映画)

Pocket
LINEで送る

監督 ジョセフ・ロージー
出演 ジュリー・クリスティ/アラン・ベイツ/マイケル・レッドグレイヴ

けっこうなお言葉

 大女優と呼んでもおかしくないキャリアも演技力もあるがどこか最後のピースがひとつ足りない、なんだろう。考えてみるとそのほとんどは作品数に帰着するのだ。本シリーズ「シネマ365日・」で取り上げてきた「ディーバ(大女優)」たちは、一生を通じてコンスタントに映画を生産し続けた。マリリン・モンローのように大スターとなった年月は短い期間であっても、嵐のように仕事をこなした一時期があった。オードリー・ヘプバーンは基本的に一年一作だったが余力は充分だった。離婚話でむしゃくしゃしていた時期は、うさを晴らすように短期量産している。エリザベス・テイラーに至っては威風堂々の現役をまっとうした。キャサリン・ヘプバーンの最後の映画出演は84歳である。イングリッド・バーグマンが最後の闘病で入院したのは舞台の千秋楽を終えてからだった。ベティ・デイビスやリリアン・ギッシュの「八月の鯨」に至っては、女優なのか女優の姿を借りた物怪(もののけ)なのか判然としがたい。マレーネ・ディートリッヒも怪物の一人だ。91歳で没するまでディートリッヒというイメージを専守し、死ぬまでディートリッヒであり続けた。量産できたとは求められ、それに応え続けることができたからだ。彼女らは才能と努力の「魔」だった▼気になる女優さんたちは、なぜ「物怪」組のディーバに比べて出演本数が少ないのか。簡単にいって時間と労力を取られ映画どころじゃないものがあったからだ。オードリー・ヘプバーンやグレタ・ガルボみたいに自分のイメージの限界を知って早い時期に引退した大女優もいる。でもほとんどは仕事が好きで仕方なかった。ソフィア・ローレンは「子供ができたら引退してもいい」なんて言っていたけど全然しなかったな。ジュリー・クリスティはこれら大女優たちと比べるとずいぶん淡白だ。役への理解もセンスも卓越しているのに、圧倒的コテコテ感つまり執念のようなものが薄い。でもスクリーンに残すキラっと残した光芒は忘れがたいものがある。彼女は映画に出ていないあいだ何をしていたか。思い当たるのはウォーレン・ベイテイとの恋愛同棲くらいだけど▼ジュリー・クリスティの代表作はなんと言っても「ドクトル・ジバゴ」のラーラか、アカデミー主演女優賞の「ダーリング」だろうが、それらはクリスティの映画というより、オマー・シャリフやダーク・ボガードがかなりの比重を奪っていた。でも「恋」に関する限りクリスティは問題なく他の出演者を圧倒している。しかもジョセフ・ロージー監督のファンにすれば、こんな素直な恋愛映画をとっていいのかロージー、といいたくなるほど叙情にあふれる。感傷などチリ取りでかきあつめてポイと棄てるロージーだから、叙情といっても冬の青空のように乾いている。セットには19世紀イギリスの何世紀も続く資産家の邸宅が、微に入り細をうがって再現された。屋敷の中に無造作にかけられている先祖代々の肖像画や、森や川、田園が続く所有地の風景画の古典的な技法、天井が高く採光豊かで家具調度はどっしりした食堂。食事ごとに並ぶ銀のナイフとフォーク、真っ白なテーブルクロス、正装してテーブルにつく家族、喫煙室は独立してあり最上級の葉巻の紫煙がゆらぐ。麦畑は広く果てしなく納屋のわらはいつも日当たりのいい日の匂いを放つ。彼らは一日なにもしない。食事をとると庭でクリケットか散歩かお茶か、所領の川で水泳か涼しい屋内で読書か。働くのは小作人だ。広大な領地からあがる作物と資産により額に汗して労働する必要はない。脱ぎ捨てた服を自分でたたんではいけない。それはメイドの仕事である。鐘の合図で食堂に集まり食前の祈りをささげ、すわっていればスープが運ばれてくる。こんなモーズレー家で夏休みをすごすことになった少年レオは12歳。庶民とかけはなれた世界に足を踏み入れとまどいにおののきながらも、一人娘マリアン(ジュリー・クリスティ)の美しさに憧れを抱く▼マリアンと小作人のテッド(アラン・ベイツ)の身分違いの恋がテーマだ。ふだんは顔も合わせられない二人はレオを手紙の使者にして逢引きの日時を交換する。レオは大好きなマリアンのため引き受けていたが、マリアンと子爵ヒューの婚約が発表されると、子供ながらそんなことはいけないことだとマリアンに言い、もう手紙の配達はしないと断る。マリアンは激怒しお前のような貧乏人を家におき、食事を与え服も買ってやり、面倒をみてやっているのに手紙ひとつ届けられないとは、お金がほしいのかと金持ちのいやらしさを丸出しにする。悲しくなったレオは手紙をひったくり農場へ走る。ミシェル・モルガンの胸をかきみだすような強いピアノ・ソロが不意に奏でられる。傷ついた少年の思いがせつない。テッドがなにげなく口にした「男と女はいいことをするのさ」という言葉に思春期の少年は敏感に反応し質問攻めにするが、テッドはうまく答えられない。手紙を従来通りやりとりさせれば教えてやると狡い交換条件をだす。レオはふたりの間にある暗いなにかを感じる。マリアンが例によってレオに手紙をたのむがレオは首を横に振る。落ち着きを取り戻していたマリアンは、笑いながらレオをつかまえようとする。レオは逃げまわるがつかまってマリアンの腕のなかに抱きしめられる。一言もセリフはないが少年のこみあがる歓びが観客にはすぐわかる。ロージーの映画で、もっとも甘美なやさしさのあふれるシーンではないか▼少年の目の前で暗幕が除かれるように性が現れる日がきた。マリアンとテッドのセックスの現場にレオとマリアンの母親が踏み込むのだ。その後テッドは猟銃自殺し子爵との結婚は滞りなく行われマリアンはテッドの子を産む。昔日のおもかげをのこす屋敷に中年となったレオ(マイケル・レッドグレイヴ)がマリアンの招きによって訪れる。レオは屋敷内で一人の青年にあう。彼はマリアンの孫でテッドにうりふたつ。青年は祖父が自殺し自分は喜ばれずにこの世に生まれてきた呪われた出自だと世をはかなみ、その原因がおばあちゃんにあるとしてマリアンを恨んでいるみたいなのだ。マリアンのレオへの頼みは「当時のことを何もかも知っているのはあなただけ。自分とテッドは愛を交わしそのことを後悔しなかった、純粋な思いの果実を悲しむ必要はないのだと彼に伝えて。これが使者としてあなたに託す最後の仕事です」ふーん。なにもかも知った上で婚約を履行し生まれた子供も貴族の跡取りとしたヒューは立派だし、レオはショックで以後自分は不能になったのだけど「あなたもしっかり立ち直らなくちゃ」とマリアンは言ってくれる。なんてけっこうなお言葉。いくつになってもお嬢さんの押し付けとわがままに、耐える男と耐えない女の構図が浮き上がってこない? とにかくロージーの格調の高さを満喫させていただきました。ハンモックでクリスティがけだるそうに昼寝している。昼寝でもする以外この人ら、なにも生産的なことしないのですから、倦怠感がにじんでいるのがホントのところなのよね。そこをちゃんと読んだクリスティがよかったですね。

Pocket
LINEで送る