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特集「女のわがまま」

2013年3月4日

特集「女のわがまま」 マックス・モン・アムール (1986年 動物映画)

監督 大島渚
出演 シャーロット・ランプリング/アンソニー・ヒギンス

愛しのマックス 

 シャーロット・ランプリングの目って独特ですね。切れ長な目の鋭い視線が爬虫類のような冷たさを感じさせる。焦点を絞ってみつめると目が据わって、双眸の眼底に青い炎が燃える。影のある美貌である。彼女には偏執的・倒錯的・幻想的な役柄が非常に多い。衝撃的だった「愛の嵐」の成功は彼女のキャラを見ぬいたリリアーナ・カバーニ監督のキャスティング力でしょう。今じゃあの役はランプリング以外考えられないものね。兄妹の禁断の性「さらば美しき人」や、川端康成の小説の映画化フランス版「美しさと哀しみと」想念の世界に愛を構築する「まぼろし」、現実か創作か、作家の想像力のミステリアスな仕掛け「スイミング・プール」いずれもみな、情感をたゆたわせつつ絶望の暗い淵を覗く女を映像化した佳品です▼じつはランプリングにはもうひとつ「レミング」という動物名のスリリングな映画があります。どこまでもこの人エキセントリックな女が似あっていそうで「マックス・モン・アムール」にも尋常ならざるものがただよっています。監督が大島渚ですからそこはもう、みなさん先刻飲み込んでおられると思いますが。だいたいオープニングの鍵と鍵穴という古典的な性的隠喩から始まる本作。劇中しばしばこの鍵穴が登場して主人公ピーターの「こわいものみたさ」を煽ります。ピーターは駐仏英国大使館員、3カ月先の女王訪仏の準備以外することのないヒマな勤務のかたわら、同僚のカミーユと情事を重ねている。妻マーガレット(シャーロット・ランプリング)との間に小学生の息子ネルソンがいる。ピーターは私立探偵をやとい妻の素行を調査する。ここ10日間日中家を数時間留守にするのだ。浮気か。妻にも夫公認の考古学者の情人がいるが、彼は発掘調査で現在遠距離出張のはず。夫は妻の出先をつきとめた私立探偵の報告をもとにそのアパートに出向く。またもや鍵と鍵穴が登場(いささかしつこいですね)、部屋に入ると意外や妻の落ち着いた声が「鍵はかかっていないわ」と奥のドアから聞こえる。ピーターが見たものは。ものしずかに妻は上半身ハダカでベッドにいる。寝具の盛り上がり中になにか潜んでいる証拠だ。夫は礼儀正しく「マーガレットの夫です」と名乗り「武器は持っていません。そこから出て服をきて顔をみせてください」と頼むが、何者かはもぞもぞするだけでウンでもスンでもない。ピーターは思い切って布団をひっぺがす。ギャッ。黒い塊が跳びだしマーガレットに抱きついた。な、なんだ、それは「サルよ」驚愕の夫は言葉もなく部屋から逃げ出す▼わけをきけばこういうことだ。ある日妻は女友だちと動物園に行きチンパンジーの檻の前にきた。中にいるチンパンジーと目が合い美しいと思った。翌日ひとりで動物園に行き係員の説明をきく。サルはサーカスから買ったが他のサルとなじまずいつも独りだ、良ければ売ってもいいというので連れてきた。名前はマックスとつけた「それだけよ」それだけでも充分だ、と夫。「サルは君の恋人か」「そうよ」とあっさり。妻はサルとセックスしているのか。夫の詮索はそれにつきる。異常愛ではないか。弾劾するが妻は泰然自若「あなただって愛人がいるでしょ」(問題がちがうと思われるが)。妻は夫とのセックスも滞りなくするが、行為が終わるとそそくさとマックスの部屋(大きな檻をしつらえてある)へ去る。夫はむかつく。ある朝サルを連れて出て行けとどなり、帰宅すると妻と息子とマックスは、檻のなかで仲睦まじく食事の団欒中である。逆上した夫は銃を乱射し、警官が取り押さえてブタ箱入り▼夫はマックスとの共存に合意する。マックスも夫になついてきた。息子とはいい友達だ。妻が母親の介護に家をあけることになった。その日からマックスは食べ物飲み物を口にせず衰弱するばかり。息子は友達をよびアフリカの音楽と踊りでマックスに故郷を思い出させ元気づけようとするが無駄。夫はとうとうオペラ座の女王ご臨席の日に仕事を放り出し、マックスを乗せて息子といっしょに母親の入院先に走る。「まあマックス」妻は夫より先にマックスをだきしめるが夫はもはや達観。これで万事丸くおさまるならばなにもいうまい、いうまい。退院した母親はマックスとネルソンを連れ森へいき、マックスは木に登ったきり行方不明になる。自由になったことのないマックスは自由を知らない。ハンターに撃ち殺されるか餓死するか、もう助からないとマーガレットは泣く。ピーターはひたすら「ぼくが力になるよ」となぐさめるのだが。母親はそんな夫婦を見てマックスがいなくなってよかったといわんばかり。娘のサルへの愛情を危険なものと察知してわざと逃したにちがいない▼夫婦は気を取り直しパリに戻ることにする。どこからかマックスが車の屋根に飛び降りる。パリが近づくにつれ車がふえ、それがみな指さして異様な反応をするので、とうとうマーガレットはマックスが屋根にいることを知る。ピーターまで胸をなでおろし喜ぶ。マックスは完全に一家に溶け込んだ。夫も嫉妬しないし、マックスも逃亡しない。これで万々歳か。でもないのだ。マックスとともに食卓を囲むマーガレットは屈託ありげだ。どうしたのかと夫が聞くと「想像していたの。マックスが騒いで近所から苦情がくる。マックスはもう大人だし危険があるかもしれない。わたしはいってきかせるがマックスの行状は改まらない。わたしは銃でマックスを殺すの」やれやれ。家族向け映画のハッピーエンドにしたくなかったのはわかる。シャーロット・ランプリングの「マックス」への愛とは、周囲をまったく視野にいれないわがまま極まるものであり、相手がサルという奇妙な形をとっているけど、愛情としては真実味があふれている。だから最後まで「愛しのマックス」を明るく高々と掲げればよかったのだ。陰気臭いオチつけるなよ。マックスと裸で同衾しているランプリングは夫とのベッドシーンよりエロティシズムをにじませる。でも来賓を招待したディナーの席にちゃっかり椅子を占めるマックスはチンパンジーにしたら巨大すぎる。これ、ぬいぐるみだろ。