女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「女のわがまま」

2013年3月10日

特集「女のわがまま」 肉体と悪魔 (1926年 恋愛映画)

監督 クラレンス・ブラウン
出演 グレタ・ガルボ/ジョン・ギルバート

ガルボの誘惑 

 知識の上でグレタ・ガルボは大女優だと知っていても、1941年に引退し劇場で彼女の映画はみたこともなく全然馴染みがなかった。でもちょっと他のことに関連してガルボの映画をみるようになり「なるほどね、これじゃ無理ないよな」なにが無理ないか、それがよくわかる一本がこれ「肉体と悪魔」だと思う。本作はサイレントだ。俳優の声はなし。みぶりてぶり、表情と肉体、それらですべての演技を示し込み入った内容は字幕で出る。このセリフがおもしろいのだ。「肉体と悪魔」は制作費37万ドルで公開後アメリカと海外あわせ120万ドルをあげたから今から想像できない大ヒットだった。なぜそんなにこの映画が当たったのか。ひとつは(今からすれば大げさだが)映画史上空前絶後のラブシーンだという売り込みがあった。検閲の厳しい時代だったから、ヌードもベッドシーンもないが、ガルボが大胆に情人に体をあずける恍惚感や、巻きつける長い、むきだしの白い腕のエロティシズム。サイレントであるからビヘイビア(行動)に誇張があるとはいえ、男からみると生唾を飲むようなシーンだろう。このときガルボは21歳である。ハリウッドにきて二作目か三作目だったが21歳とは思えない女の成熟を感じさせた。なんといっても男を手玉にとる美貌の女であるから、その美しさの性質は「初々しい」はだめ「知性的」では物足りない。「ゴージャス」もケバすぎる、整いすぎても面白くない、一体なにが欲しいのかというと「ミステリアス」な美貌であった▼これですね。ガルボの顔は美人かというと(そうかな)首をひねるところがあります。後に「ニノチカ」の脚本を担当したビリー・ワイルダーが「スクリーンに映って磁場を放つのはガルボとマリリン・モンローだった」と言っています。ガルボの持つ、どこか奇妙な雰囲気は確かにミステリアスとしかいいようがない。本人は近所の男の子たちとキャッチボールをしてよく遊んでいたという人柄でした。銀幕の中で生きた自分をいっさいスクリーンの外に持ち込まなかったしその逆もなかった。美しいというより鋭いというか厳しいという美貌は彼女の強い性格を反映しているのでしょう。「肉体と悪魔」はガルボを世界的にした映画です。女優としての持ち味と役柄が一致したにちがいありません。そこでガルボ演じるヒロイン・フェリシスタですが…▼士官学校にいるレオ(ジョン・ギルバート)とウルリッヒは幼馴染の親友同士。レオは帰省した故郷の駅頭で伯爵夫人フェリシスタをみかけ一目惚れ。たちまち恋に落ち逢瀬の最中、帰宅した伯爵が現場に踏み込んでしまう。そこで決闘。伯爵は決闘の理由をカード勝負のトラブルとした。ウルリッヒはそれを信じ、命を的にバカなことをするなと止めるが、もちろんそんなことでおさまるはずがない。決闘で伯爵は落命。レオは外人部隊にとばされフェリシスタは未亡人となる。国を離れるときレオはウルリッヒに孤独なフェリシスタの相手をしてやってくれと頼む。オオカミの口に肉をさしだすようなものだ。約束を守っておずおずと未亡人を訪問したウルリッヒの純情な様子にガルボの猛々しい目がキラリ。獰猛といっていい肉食獣のそれです。待ちに待った外人部隊からの帰国。船と列車をのりつぎ故郷の駅に降りたレオを迎えたウルリッヒは「ぼくの妻だ」と紹介したのは、フェ、フェリシスタではないか~▼お定まりの、押しては引き、引いては押し、の元恋人たちの問答があるものの、フェリシスタの本心は男ふたりが自分のことで争うのが快感ですからどっちも逃したくない。暗い情熱をたたえた上目遣いですくいあげるようにレオをみつめる。と思うと瞳をうるませウルリッヒにほおを寄せている。親友と恋人のあいだで耐えられなくなったレオが故郷を離れようとすると、どっこいそれでは面白くない。ガルボの誘惑がみものです。「私達が愛しあうことが即ちレオのためなのよ」どこをさがせばこんな勝手な理屈があるのか、一瞬観客は「?」レオも同じらしく「君はウルリッヒをダシに二人の関係を続けようというのか。よく考えてみるがいい」考えるかい。馬の耳に念仏である。白面の妖姫のように男にからみつき(余計なセリフがないからなお鬼気迫る)「もう二度と離れたくない。あなたが死ぬならわたしもいっしょに死ぬわ。逃げましょう」「え?」「ウルリッヒの幸せはみせかけだけなのよ」「?」レオにも(おそらく観客にも)意味不明だが、フェリシスタはかまっちゃいない「わたしたちは偽善者ではないわ、あなたとなら恥辱に耐えられるわ」「では今晩だ、逃げるのはフェリシスタ」とうとうレオはからみとられちゃうのです▼さてその夜になった。フィリシスタはぐずぐずしている。その夜帰ってこないはずのウルリッヒが帰宅したのだ。そんなことは知らないレオがつかつかと部屋に来て「支度はまだですか」するとこうだ「レオ、あなたをとても愛している。でもわたしにはすべてを棄てる勇気がないの。あきらめてください」な、なんだと。レオは耳を疑い「君はウルリッヒを裏切りしかも彼の家に留まるというのか」形勢不利とみて開き直ったフェリシスタは「もし彼と本気で愛しあっていると言ったらどうなの」つぎからつぎ、しゃあしゃあいいたいことを言う。レオは逆上しとびかかってフェリシスタの首をしめる。入ってきたウルリッヒは親友が道ならぬ恋に走ったと思い決闘を申し込む▼レオをもてあそぶガルボはもはや犯罪者の顔である。片方の眉だけひくひくさせ目を据え、いつでも爪をたてる態勢から甘い言葉をささやく。男ふたりは凍りついた湖を歩いて小島にいきそこで剣を構える。ガルボは男二人を追って(ウルリッヒの妹に、涙ながらに兄たちを救えるのはあなただけだと訴えられ仏心を起こしたのだろうか、わからんがとにかく島へ行く)途中氷が割れ沈む。マンガチックといっていいがフェリシスタという女の肉体を借りた悪魔の水死によって(悪魔も溺れるのか)男たちはハッと神々しい光に打たれ我に返る。憑き物は落ちたわけですね。ようするにガルボの誘惑の基本であるナルシズムー辻褄があおうと合うまいと一方的に自分のことだけ言い、いうだけいったら恍惚と見つめるーがとっても説得力のあった映画です。