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シネマ365日

2013年3月17日

特集「男の顔 チャールズ・ブロンソン」 ロサンゼルス (1982年 アクション映画)

監督 マイケル・ウィナー
出演 チャールズ・ブロンソン/ジル・アイアランド

帰ってきた復讐の天使

 「狼よさらば」(1974)で大ヒットしたチャールズ・ブロンソン演じるポール・カージーの第二作目。ニューヨークでの事件からカージーはロスに居を移した。暴漢に襲われ妻は惨殺、暴行された娘キャロルはロスの病院で療養し退院するところまで回復した。今日はその退院日だ。カージーはテレビ局でキャスターを務める恋人のジェリ(ジル・アイアランド)と病院に迎えに行く。笑顔が戻ったキャロルを連れ、カージーの新生活が始まろうとしていた。病院の帰途、公園で娘にアイスクリームを買ってやろうとしたカージーは5人の愚連隊に襲われ財布を奪われる。中にあった免許証からカージーの自宅を知った愚連隊一味は、カージーの家に侵入、家政婦を輪姦して殺害。帰って来たカージーを殴りキャロルを誘拐する。彼女は廃屋で強姦され、それでも逃走しようとして窓から墜落死した。最愛の娘の変わり果てた姿にカージーは言葉もなく涙もない。おれが仇をとってやる…「狼」から8年、復讐の天使はロスに舞い降りた▼警察の調査にカージーは「なにも覚えていない。殴られて気絶して倒れたままだった」とろくに状況を説明しようとしない。なぜそう非協力的なのだと問われてもガンとして答えない。昼は設計技師として社長の信頼厚く、テレビ局の新社屋の設計にあたる。しかし夜になるとカージーはひそかに隠れ家に入り、服を着替え、愚連隊が屯しそうないかがわしい場所を徘徊する。彼はしっかり連中の顔を見ていた。もう一度会えば必ず判別できるほどに。ある夜まちがいなく犯人の一人である男を発見し尾行。銃で撃ち倒す。命乞いをする男にこう聞く。「キリストを信じているか」「信じている」声をふるわせながら答えた男に「ならば会いにいけ」情け容赦なく射殺した▼一人、また一人、犯人たちは血祭りにあげていかれる。ロスアンゼルスが犯罪都市の汚名を着せられて久しく警察は頭が痛かった。街で暴行現場に出会わせたカージーは有無をいわさず暴漢たちを撃ち殺す。急場を助けられた男女は警察の尋問に目撃者として答えない。人相も年齢もいわない。警察がやってくれないことを彼はやってくれたのだと広言する。妻は「覚えているわ。若い金髪の男よ」とカージーと裏腹な人相を教え、夫は「おれがみたのはちょっとちがう」とわざと混乱させカージーをかばう。目には目を。市民たちは悪党らに鉄槌をくだす「自衛市民出現」に期待を募らせる▼ニューヨークからカージーの事件を担当したオチョア警部がロスに来た。これはカージーのしわざだと疑わない。退勤するカージーをつけまわしたオチョアはとうとう隠れ家から出てくるカージーをつきとめる。尾行に気づかずカージーは夜の公園に来た。そこで麻薬の取引現場に遭遇する。うち一人はあの愚連隊の一味だった。銃撃戦となり、多勢に無勢。狙い撃ちされようとしたカージーを助けたのはオチョアだった。しかしオチョアは弾丸を食らい「オレの敵を討て」と言ってカージーの腕のなかで息をひきとる▼当時はやせていたからわかりにくいですが、愚連隊の一人で、コージーに顔面をふっとばされる男にローレンス・フィッシュバーン(「マトリックス」)が扮しています。さて復讐の血祭りは最後の一人となった。その男は警察に逮捕され裁判の結果精神病院送りとなった。三ヶ月もすれば出てくるのだ。どっこい、釈放を待つ生やさしい「復讐の天使」ではない。カージーは執拗につきねらい、ある夜医師に変装して病棟に潜入、壮絶な格闘のすえ男を殺す。傷を負ったカージーがふりむくと警備員がドアに立っていた。もはやこれまで。力尽き椅子に倒れこんだカージーが「娘は強姦されて死んだ」とつぶやく。「知っている。新聞で読んだ。あと3分したら警報を鳴らす」とだけ警備員は言い、黙ってカージーに出口を目で指すのだった▼ブロンソンの映画って「男気」のかたまりですね。ジャガイモのような顔がまたなんともいえない味がある。下がり目の細い目が、鋭いようなやさしいような、言葉数の少ないところがすべてわかっているような、まったくなにもわかっていないような。そしてあの歩き方。独特なのです。ゆったりと、それでいてゴーマンでなく。ある企業がコマーシャルの要請で、カトリーヌ・ドヌーブとの出演交渉が難航していたとき、チャールズ・ブロンソンも承知してくれたと名前を出すと「シャルル(チャールズのフランス語読み)が出たならいいわよ」あっというまに解決したとか。ブロンソンは「さらば友よ」「雨の訪問者」などでフランスではおなじみ。とはいえ人望がなければとても生まれなかったエピソードではあります。