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シネマ365日

2013年3月19日

特集「男の顔 チャールズ・ブロンソン」 必殺マグナム (1986年 アクション映画)

監督 J・リー・トンプソン
出演 チャールズ・ブロンソン/キャスリーン・ウィスホイト

ブロンソンのネコアクション

 「必殺マグナム」という題名からポール・カージーシリーズみたいに見えるがまったく関係ない。原題は「マーフィーの法則」だ。どっちのマーフィーだろう。アメリカ空軍研究所の技師マーフィーJrの「失敗する余地があるなら失敗する」なんてダジャレみたいな法則か、ジョゼフ・マーフィー博士の潜在意識の黄金率「なりたい自分をイメージし、あきらめない限り奇跡は必ず起こる」という法則を書いた本のことか(「眠りながら巨万の富を得る」)。どっちにせよ、この映画においては決定的な法則でもないみたい。いや、ちがった、ちがった。チャールズ・ブロンソン演じる主人公の名前がマーフィーなのだよ。あっけらかん。つまり彼が法則であり、ルールであるってことね▼この「ミスター法則」ことマーフィー刑事、最初の登場は全然カッコよくないのよ。スーパーで大きな紙の袋に買い溜めして駐車場に出てくるという所帯染みたシーンから始まり、自分の車を盗もうとしている女アラベラ(キャスリーン・ウィスホイト)を逮捕しかけるが逃げられる。別の日に逮捕するのだけどマーフィーの評判は警察署内ではさんざん。よれよれの背広にネクタイはシミだらけ。たまには風呂に入れよといわれ、ムカッときて殴りつける。それというのも奥さんに逃げられ、一人暮らしのうさが募り、うだつのあがらない日々なのだ。元妻はストリップに出ている。マーフィーはときどき店にきて妻のショーを見る。ストリップなんかやめろというが妻は「あなたにとやかく言われたくない。もうここに来ないで」と追い返す。元妻にはいい男がいる。ところがふたりがなにものかに射殺され疑いがマーフィーにかかった。嫉妬のあまり元妻と男を殺害したというのだ。ブタ箱に放り込まれたマーフィーの、手錠でつながれた相方が車泥棒の若い女アラベラだ。口汚く罵る女であるが仕方ない、隙をみてマーフィーは手錠のまま女といっしょに逃走する。もちろん真犯人をつかまえるためだ▼マーフィーは昔の同僚の山小屋に避難した。アラベラも歩み寄ろうとするが、マーフィーの頑固な態度につきあいきれない、とひとりで山小屋を飛び出す。マーフィーは友に別れをつげ、再び犯人捜索に街へ。途中徒歩でいくアラベラを拾い、アラベラの罵りを聞き流しながら手がかりを探す。マーフィーたちが去り、一人になった山小屋では友人の元警官が殺害された。翌日の新聞でそれを知ったマーフィーはだれかが自分をおとしいれるために、着々罠をせばめてきていることを知る。しかしなにが原因なのか。恨みのもとはなになのか。マーフィーは依然として逃走中の容疑者であり動くのには限界がある。彼は署内にいる親友に頼み、過去の事件で自分のために長期刑になり、現在仮釈放中はだれかを洗い出す▼粗筋はこのへんにしよう。犯人は割れるがそれより、この変態に近い殺人狂とマーフィーの対決で、ブロンソンが65歳とは思えないアクションをみせるのだ。こんなのを見ると俳優とは演技より体技だ、いいや演技とはすなわち体技だ、なんて思うのよね。ブロンソンの動きというのは素早いというより、足音をさせない猫みたいなのだ。最小限の動きでするすると近づく。どっちかというとクリント・イーストウッドも「ネコ科」なのよ。シュワルツネッガーやスタローンや、ヴァン・ダムとか、トム・クルーズとかジェイソン・ステイサムとか、いかにもお手本のような派手なアクションを「イヌ科」のアクションとすればね。セルジオ・レオーネが「荒野の用心棒」でなぜクリントを選んだかについて「クリントはネコみたいに歩く」と言った。レオーネはクリントが動くのをみてネコを直感したのよ。さすがよ。ほかの人とイメージや動きのつかみかたが全然ちがうでしょ。ブロンソンの歩き方もクリントに似ている▼女殺人狂の死にものぐるいの抵抗でマーフィーもアラベラもコテンコテンにやられるのだが、マーフィーはじわじわ近づき、隙をみて高層階から突き落とす、というより足をすべらせた女が必死でしがみつき、力尽きて手を放すのをじっとみている。ね。いかにもネコアクションだろ。女がわめく「お前なんか地獄に落ちろ」マーフィーが答える「レディ・ファーストだよ」。救急車で搬出される車中、マーフィーとアラベラがタメ口を応酬するエンドが明るくていい。