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シネマ365日

2013年3月23日

ラビット・ホール (2010年 社会派映画)

監督 ジョン・キャメロン・ミッチェル
出演 ニコール・キッドマン/アーロン・エッカート/ダイアン・ウィースト

「悲しみは消えない。小石に変わるの」 

 5歳の息子を事故でなくしてからベッカ(ニコール・キッドマン)は性格が変わった。悲しみに沈むのだがそれだけではない。夫とともに行ったグループ・セラピーでは出席者に攻撃的な言葉を浴びせ「神様がいるならなぜ助けてくれないの。こんなひどい目にあわせて助けもないなんて、あなたたちのやっていることは嘘っぱちよ」と金切り声を張り上げ参加者を不愉快にさせる。夫のハウイー(アーロン・エッカート)は妻を連れ出す。ベッカは自己嫌悪に陥るが、最愛の子供を失った喪失感から逃れることができない。夫婦生活も途絶えて8カ月になる。夫がちょっとでもやさしい言葉や仕草を示すと、いかにもいやらしそうにベッカは体を引くのだ。夫は思いやり深く、妻の気持ちを理解して無理強いはしない。でもつらいのは君だけじゃない、おれも辛いのにいつまでも自分の穴にとじこもるのはやめてくれと、夫はいいたくなっている。おだやかで平和な日常に隠れた感情の不穏さがじわじわとスクリーンに滲んでくる。最初一滴のシミみたいにぽつんと落ちた不吉なサインが、だんだん胸苦しいような圧迫で広がってくるのは、精神の闇にひきずりこまれつつ、それに抗う妻を演じるニコール・キッドマンの力だろう▼グループ・セラピーもやめた。妹の妊娠を知ったベッカは息子の洋服をあげようと妹のところに持っていく。妹は母親と同居している。母親も我が子つまりベッカの兄を亡くし、充分に娘の気持ちをわかっているのだが「兄さんは30歳で病気で死んだ、ダニー(息子)は5歳で事故でいきなり死んだのよ」それが不公平だ、だから母さんにも自分の悲しみがわかるはずがないと突っかかるのだ。母親ナット(ダイアン・ウィースト)も為す術がない。妹は「その服はちょっと」とためらう。同じ服をきた子供を見るのは死んだ子を思い出させるようなものだ。でもその気配りがかえってベッカの神経を逆なでする。母親の家からの帰路大きなバッグに詰め込んだ服をバッグごと寄付ボックス(そうとでもよぶ箱が一定の場所に設置してある)に荒々しく投げ込む▼夫婦のいさかいも絶えない。息子のことを忘れよう、忘れようとしている妻を夫は激しく非難する。なぜ僕のケータイのダニーの写真を消した、なぜ彼が可愛がっていた犬をよそにやった(すぐ取り返しにいく)、なぜ息子の服を棄てるのだ。つぎの子供をつくろうという彼に、ベッカは「よくそんなことを考えられるわね」と顔色を変える。なにもかも噛み合わないのだ。妹とスーパーに行ったベッカは「お菓子買ってよ」と母親にねだる男の子をみかける。思いつめたような姉の視線に妹は不安を感じるが、案の定ベッカはつかつかと主婦に近づき「ほしがっているのだから買ってあげたら? たった3ドルよ」と話しかける。大きなお世話だとばかり主婦は「お金の問題じゃないの。お菓子はうちでは食べさせないの」「どうしてそんなことがいえるのよ、こんなに欲しがっているじゃない」「あなただれ? 余計な口をださないで」するとベッカは猛烈な平手打ちを主婦に食らわすのだ。「キャーッ」「ごめんなさい、子供を失ったばかりなの」とりなす妹に「関係ないでしょッ」▼夫は夫でグループ・セラピーで知り合った女性とマリファナをいっしょに吸う仲になる。彼女の夫は蒸発し一人暮らしだ。ふたりは頻繁に会うようになるが夫は「やっぱり妻を愛している」と一線を越えられない。夫婦の袋小路が息苦しくなる。ある日ベッカは息子をはねた高校生を偶然見かける。ストーカーみたいに彼のあとをつけ「話がしたいの」と打ち明ける。彼は自分が死なせた男の子の母親だと気づく。話すうちベッカは彼の心の底に事件が深い傷をつけていることがわかる。公園で毎日のように会うようになり、彼はコミックを描いている、まだ途中だけど、と描きかけの原稿をみせる。それが「ラビット・ホール」というタイトルだ。少年は愛読書である「パラレル・ワールド」(並行宇宙)をコミックにしたのだ。パラレル・ワールドとは自分がいる宇宙ともうひとつそっくりな別の宇宙があって、今の自分がどんなに辛くてもパラレル・ワールドにいるもう一人の自分は、安らかな気持ちで暮らしている、というのだ。そのコミックは科学者である父親を亡くした少年が、パラレル・ワールドに存在する父親を探すため、ラビット・ホールを通り抜けるのだ。ベッカは「いいわね、その話」と「もうひとつの世界」に不思議な安らぎを覚える。はたしてベッカ夫婦に、自分が住む現在の宇宙と、並行するもう一つの宇宙をつなぐ入り口であるラビット・ホールは見つかるのか▼母親がいい。娘は母親にたずねた。「悲しみって消えるものなの」「いいえ」母親は冷静に答える。「悲しみは消えない。でも変わるわ。重さが変わるの。耐えやすくなるわ。のしかかっていた大きな石がポケットの中の小石に変わる。時には忘れさえするけれど、ふとポケットに手をいれるとやっぱりある。ああ、そうか、と胸がふるえるわ。でもなんとかなる」これが娘のラビット・ホールになる。母親役のダイアン・ウィーストは「ハンナとその姉妹」でアカデミー助演女優賞受賞。安易な励ましをせず人生の実相を伝えて娘の再生を見守る母親を好演。ラストにほのみえた明るさがこの映画の重苦しさを救う。