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シネマ365日

2013年4月1日

特集「ポール・ニューマン 永遠のおとなこども」 明日に向かって撃て (1969年 西部劇映画)

監督 ジョージ・ロイ・ヒル
出演 ポール・ニューマン/ロバート・レッドフォード/キャサリン・ロス

明日への含み資産

  ポール・ニューマンは演技の指導法であるメソッド方式隆盛の1950年代に映画界に入り、同期のジェームズ・ディーンやマーロン・ブランドとともにスタートしたが一歩たち遅れた存在だった。しかし今からみるとブランドよりディーンより彼は豊かな俳優生命を映画史に残したと思える。メソッド方式も演技の入り口にはなったがそれほどニューマンに影響を与えたとは思えない。俳優だけではなく、監督、レーサー、サラダで成功した事業化、社会活動家、慈善事業家、父であり夫であるよき家庭人。その多面性を仕事で示すように彼の選択する映画には当たり役という役柄もジャンルもなかった。彼は欠点があり意図せずとも人に迷惑をかけ、力が衰え傷ついた主人公が好きだった。育ちのよさを隠すようにガラの悪い役を愛し、自分に性的に危険な雰囲気は皆無であることをよく知っていて、注意深く恋愛映画を避けた。アルコール依存症にならなかったのが不思議なくらいの大酒飲みだった。彼が選んだのはうらぶれた詐欺師、夢破れたスポーツマン、酒で身を持ち崩しつまはじきをくらった弁護士、ドジをふむ全然カッコよくない探偵だった。努力家で良識あるアメリカ人を前面に打ち出すことは、彼の性格ではちょっと恥ずかしいことだった。「ポール・ニューマン アメリカン・ドリーマーの栄光」の著者ショーン・レヴィはそんな彼を「永遠のおとなこども」と位置づけている▼「明日に向かって撃て」だが、監督に変わり者は多いがジョージ・ロイ・ヒルもそうだ。エール大学で作曲を学び博士号まで取得したが、音楽の道に進まず演劇から映画に、日本での監督デビュー作は「マリアンの友だち」だった。これがよかった。ジョージ・ロイ・ヒルの持ち味がことごとく揃っていたと言える。空想好きの少女2人に狙われたプレー・ボーイのピアニストにピーター・セラーズ、音楽は「大脱走」のエルマー・バーンスタイン、場所はニューヨーク。ユーモアと洒脱なセリフ、軽快かつ情緒のある音楽、スクリーンにたちこめる季節の叙情。これらジョージ・ロイ・ヒルの基本情報がそのままスックリ「明日に向かって撃て」にスライドしている▼この映画に必ずつく枕詞が「アメリカン・ニューシネマの傑作」だ。「アメリカン・ニューシネマ」とは1960年代のベトナムでアメリカが大きく揺れた時代のこと。国中を巻き込む反戦運動が高まり、アメリカン・ドリームや楽観主義の影が薄くなり、それまで悪漢と見られていた人間像を、多面的にとらえようとする傾向が強くなった。映画の世界ではハリウッド的ハッピーエンドに対するアンチテーゼとして、アウトローや犯罪に生きる一匹狼や、社会の枠からはみ出した若者が主役となり、戦争がもたらした社会の混迷を映した。そのはしりが「俺たちに明日はない」や「イージー・ライダー」やこの「明日に向かって撃て」だといわれる。この傾向はざっと10年にわたって続き、新しい作風の傑作を生み出した。一言でいえば映画も多様性の時代に入ったのだ▼もっともジョージ・ロイ・ヒルが「ニューシネマ熱」に浮かされていたとは思えない。彼の作品歴をざっとあげると「マリアンの友だち」のあと宣教師夫婦の愛と献身の物語「ハワイ」、ミュージカル「モダン・ミリー」、プロアイスホッケーの世界「スプラット・ショット」、パリ・ベネチアが舞台の「リトル・ロマンス」、傑作は「ガープの世界」だ。子供は欲しいが夫はいらないという看護師がいた。彼女は頭に銃弾が姦通し植物人間になって病院にいる男性が、常に勃起状態であると知り、強引にというか計画通りというか妊娠しガープを産む。グレン・クローズの映画デビュー作だった。ややこしくて複雑な長尺話を、手際よくまとめたものだ▼こんなふうに、広いジャンルにおよぶこだわりのない姿勢こそジョージ・ロイ・ヒルの骨頂であろう。「明日に向かって」もおだやかな語り口、ゆったりとスクリーンに広がる静かな風景、ときどき挿入されるセピア色の写真のノスタルジー。銀行強盗で列車強盗の二人組、ブッチ(ポール・ニューマン)とサンダース(ロバート・レッドフォード)がかわす、ひとつも強盗らしからぬフツーの会話の新鮮さ。サンダースの恋人エッタ(キャサリン・ロス)を自転車にのせて、朝日を浴びてゆっくりとブッチが走る。恋人への不安から「もしあなたが恋人だったら、と思うわ」というエッタに「いっしょに自転車に乗るっていうのは、結婚したことといっしょなのだよ」と答えるブッチ。バート・バカラックの「雨にぬれても」とともに、叙情詩のようなシーンを生み出した▼ロバート・レッドフォードはこの映画のギャラで、コロラドの山中に広大な土地を買い、喧騒の大都市を離れた自己充電の拠点にした。そして映画での主人公の名前サンダースから取って「サンダース・プロ」を設立した。それが母体となったサンダース・インスティチュートは、いうまでもないが今や映画人育成と、インディーズ(独立系)映画育成支援の旗頭となった「サンダース映画祭」の基盤である。「ブッチとサンダース」というまったく変哲のない原題から「明日に向かって撃て」なんて、だれが考えたのだろう。たぶん胸がしめつけられる、あのラストシーンからだろうが、それにしてもこの映画は、その後の映画の多くの含み資産になるものを、確かに「明日に向かって」撃ったのである。