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シネマ365日

2013年4月27日

離愁 (1975年 社会派映画)

監督 ピエール・グラニエ=ドフェール
出演 ロミ・シュナイダー/ジャン=ルイ・トランティニャン

ロミ・シュナイダーが喚起するもの 

 「刑事キャレラ」でジャン=ルイ・トランティニャンを書いたので、ならばどうしてもこの映画を出さなくてはいけないと思うのが「離愁」です。監督はピエール・グラニエ=ドフェール。共演はロミ・シュナイダー。これだけで本作がたとえ38年前のものであろうとヨーロッパを代表する映画の一本だと見当がつく映画ファンはいるのではないか。しかしながらはたして今も傑作に値する価値はあるのか、そんな疑問とともにみるのもいいと思います。どう応えてくれるでしょうね。原作はメグレ警部でお馴染みのジョルジュ・シムノンです▼第二次世界大戦の1940年、ドイツがフランスに侵入し、片田舎でラジオ修理店を営むジュリアン(ジャン=ルイ・トランティニャン)は、臨月の妻と幼い娘を連れ疎開列車に乗る。女子供老人は客車に、男たちは家畜車両に分乗し出発。途中で客車と家畜車は切り離され、ジュリアンは家族と別れわかれになる。戦争のさなか美しいフランスの田園風景のなかをみすぼらしい列車が走る。原題は「列車」だ。同じ車両に黒い服を着た女(アンナ=ロミ・シュナイダー)がいた。際立つ女優とはこのシーンのロミ・シュナイダーをいうのだろう。貨車の隅にうつむいて座っているだけで、彼女に暗い過去があり人間関係を結びたがらず、人目を避けて生きなければならないことがわかる。ときは1940年だ。であればあと5年で戦争は終わるのだ、それまで生き延びればいいのだ。思わずそう思ってしまうほど「耐え難く辛いもの」をロミ・シュナイダーは全身ににじませて登場する。枕木の上を走る列車の背景音、緑なす平野、家財道具を荷馬車に積んで避難する難民の群れ。もう満員だから乗せてやらん、そんなことをいうオッサンもいるが「お前それでもフランス人か」乗客はみな降りて一列になりバケツリレーで難民らの荷物を貨車に積みこんでやる。アンナの言葉を耳にして「アルザスの訛がある。ドイツ軍のスパイだろう」いいだす男に「よせ」厳しくジュリアンはとめ、お前こそこの女に気があるのだろう、そう言い募る男を腕っ節でケリをつけてやる、とジュリアンはメガネをはずす。仲裁が入ってその場はおさまるが、自分のためにファイトを辞さぬジュリアンにアンナは心を開く▼列車が終着駅に着くまでの何日か、二人の交情は深くなる。アンナは新聞社主を父に生まれた裕福なユダヤ人で、戦争の勃発とともに家族は収容所に、ただひとり逃げだしたアンナは息をひそめながらナチの手から逃走していた。ジュリアンの視線をおってロミ・シュナイダーの横顔がクローズアップされる。監督の映画術がいやというほどわかるのは、舞台で可能になるはずのない映像のテクを駆使していることだ。髪のはえぎわ、額、目尻、鼻筋、唇、あご、のど。ロミ・シュナイダーはキャメラの視線が這わせるに任せ微動もしない。終着駅についたら待っているであろう、ジュリアンとその家族に嫉妬も羨望もない。アンナの絶望はそんなことを超越している、ジュリアンにはそう思える。ジュリアンは身分証明書のないアンナを自分の妻だといってかばい通行許可をもらう。妻と子は無事病院に収容されたことがわかる。それを聞いてアンナは「あなたといっしょに行くわ」という。ジュリアンはひるみ「いいけど…でもドイツ軍がいるよ」とドフェール監督は男のエゴをきっちり抑える。アンナはジュリアンの語調に気づかなかったふりをして「もう少しいっしょに居させて」と言って安心させる。妻子のいる病室に向かうジュリアンを笑顔で見送ってアンナはどこともいわず姿を消す。もうジュリアンのもとに自分のいるところはないと決めた、りりしいともいえる表情だ▼戦火のなかのつかのまのひととき、井戸水で体を拭く、顔を洗う、よく晴れた川辺で足をのばす、ありふれたなんでもないのどかな光景のひとつひとつが戦争を摘発する。カラーとモノクロが交互に入れ替わり大戦の実写が挿入されヒトラーの呵々大笑が写る。むごい時を生きてきたのだ。なんのためにこんな目にあうのだろう。アンナが去って3年後。1943年と字幕が出る、あと2年で戦争が終わるとき田舎で家族とともに平和に暮らすジュリアンにゲシュタポから召喚状がくる。アンナが逮捕され携行していた「ジュリアンの妻」という通行証によって呼び出されたのだ。いくつか質問した取調官は、ホドのいい愛想を浮かべ「なにかの間違いでしたね。引き取っていただいていいですよ」おだやかにいい「でも折角だから女に会っていきますか」いじわるくジュリアンの反応を伺う。足音が近づきアンナが入室する。どちらも平静と沈黙を装う。ロミ・シュナイダーは顔色も変えない。お互い知らぬ顔でいれば死ぬのはひとりですむ。ゲシュタポに連行されたら生きてはもどれないのだ▼「やはりまちがいでしたな」取調官は冷ややかにいい、ジュリアンはドアに向かう。ノブに手をかけたとき腹を決めたように振り向く。アンナもジュリアンを見る。無言で近づくジュリアンに取調官は「おやおや、ご存知でしたか」と勝ち誇る。ジュリアンがてのひらでアンナのほおにふれ、ゆっくりひざまずいて両手で頬をはさむ。こらえていたものが崩れジュリアンに身を寄せていくアンナ。ヨーロッパ映画の手練手管を動員したというか、ハリウッドをひっくりかえしても出てこない暗い詩情に満ちている。平凡に生きてきた田舎のラジオ修理工が、命を代償に女への愛を証明する。頬をなでふっと笑う男の顔をただ女がみつめる。ふたりはこの一瞬で一生分を生きちゃったのですね。第二次世界大戦でむちゃくちゃになったヨーロッパは、破壊された文化の少なくとも何分の一かをこの映画で取り返したのではないか。