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特集「どんでん返し」

2013年5月3日

特集「どんでん返し」 プレステージ (2006年 サスペンス映画)

監督 クリストファー・ノーラン
出演 ヒュー・ジャックマン/クリスチャン・ベール/マイケル・ケイン/スカーレット・ヨハンソン

ノーランの魔術 

 ノーラン監督の創作基盤の三大ファクターっていうのがあるね。記憶・夢・時間がそれ。「 インセプション 」にさきだつ4年前に彼は「プレステージ」をつくっていて、さらにその6年前には「メメント」を撮っていますね。いずれも彼の大好きな三大ファクターによる構成でした。「マジシャン」も時間軸が移動するので気をつけていなければいけないけど、まあ本作の目玉の「瞬間移動」もさることながらそれを生み出す実在の科学者になっていたのがデヴィッド・ボウイじゃないの! 一瞬わからなかったわ。このシブいおじいさんだれだと思って「アッ」オープニング・クレジットにあった名前がよみがえった。ふざけて出てきたのだとしか思わなかったのです。なんのいかさま師だ、こりゃ。そう思っていたら伏線はりめぐらしたこの映画のなかでも、彼が最大の伏線をつくっているのです。白状するけど、一度みて本作の一部始終のわけがわかった人を尊敬するわ。ノーランの「だまし絵」趣味はこのあたりから本格化して、傑作「インセプション」の洗練にいきついたのでしょうね。見応えがありますけど、いじくりすぎのキライもありますね。いくらマジックだといったって死んだり生き返ったり、また死んだり生き返ったりがワル乗りしすぎだ。すべてこれマジシャンの世界だからこれでいいのだ、でかたづけろってこと?▼時代は19世紀末ロンドン。ボーデン(クリスチャン・ベール)はライバル、アンジャー(ヒュー・ジャックマン)の瞬間移動マジックのタネを調べるため楽屋下に侵入した。そこには大きな水槽があり、アンジャーはボーデンの目前に舞台から落ちてきて水槽にはまった。とたんに水槽には南京錠がおり、アンジャーは脱出できない。ボーデンが見ている前で、アンジャーはもがき苦しみながら溺死する。遡って二人がまだかけだしのマジシャンだったころにシーンはもどる。若きマジシャンとして二人は奇術師の下で修業中だ。あるとき助手をつとめていたアンジャーの妻が水槽マジックで溺死する。原因はボーデンが結んだロープがほどけなかったことだ。悲しみにうちひしがれたアンジャーは復讐の鬼となり、出演中のボーデンの手品を失敗させ、ボーデンは左手の薬指と小指を失う。それからというもの激しい攻防戦、というより邪魔しあいの競争にあけくれる▼さて巧みな伏線が本作の魅力のひとつです。無粋なネタバレよりこっちのほうが映画ファンの趣味にあうと思われます。カッター(マイケル・ケイン)は魔術の設計士だ。トリックを考案し小道具を開発する。タイトルの「プレステージ」とは劇中の彼の説明によれば「確認」=プレッジ(観客にタネも仕掛けもないことを確認させる)「展開」=ターン(パフォーマンスを行う)「偉業」(プレステージ)=マジックショーを完成させる最終段階。カッターがここで扱う小鳥のマジック。小鳥は死んだとみせかけ生きている、でもホントは死んでいる。テスラ博士の研究所にアンジャーが訪れ電気魔術の開発装置を実現させるようたのむ。当時電気は発明途上にあった。テスラはエジソンとの間で電流の直流・交流で論議した人物。じつはボーデンがさきまわりして、アンジャーが多額の出資をして博士に仕掛けを発明させるようしむけた。さてここで何度か実験にたちあったアンジャーは研究室を出て山中を歩いていたとき、無数のシルクハットと黒猫がいるのに出会います。黒猫はさっき実験室にいたはずだが。博士のあっというような考案機によってアンジャーのマジックはロンドンっ子の度肝を抜きます。目の前で人間が消え劇場の離れた場所に姿を現す。ショーが終わるごとに劇場の裏口からひそかに搬出される大きな水槽の謎。アンジャー殺人容疑で逮捕されたボーデンは死刑を宣告され一人娘と別れなければならない。その娘をひきとろうという貴族がいた。ボーデンは最後までねばりその貴族に会う。彼は死んだはずのアンジャーではないか。ではいったい水槽で死んだのは誰だったのだ▼このへんから二重三重のトリックがからみあいます。ボーデンの妻は魔術に心を乗っ取られた夫に絶望し自殺。アンジャーは自分の愛人をトリックのタネをさぐるためボーデンの助手にやる。男たちの命がけの魔術合戦の間で女たちの運命は狂っていく、そう書いたもののスカーレット・ヨハンソンは結局どうなったのか物語は最後までふれていない。ノーラン監督は、女たちはどうでもよかったみたいよ。ラストシーンはちょっとした黙示録です。炎のなかの無数の死体、それも水槽に入った溺死体。劇場の裏から毎日運びだされていたのはこれだった。ふつうの頭で考えられないことを考えたのがだれあろうデヴィッド・ボウイだということになっています。おためごかしでいうのじゃないけど、この程度のネタは頭にいれておいてみたほうが、本作は意味が通じてスッキリするかもね。