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シネマ365日

2013年5月11日

アンナ・クリスティ (1930年 恋愛映画)

監督 クレランス・ブラウン
出演 グレタ・ガルボ/ジョージ・F・マリオン/マリー・ドレスラー

マリリンとガルボ

 とにかくこの映画は今になっても古びない、内容がぎっしり詰まったいい映画だ。いくつも話題がある。マリリン・モンローが大スターとして目標とする女優に、晩年までかわらずあげていたのがグレタ・ガルボだった。本作はマリリンが4歳のときの公開だ。マリリンは7歳のころからフィルムカッターの仕事をしていた母親に連れられ、母親が仕事するあいだ映画館の最前列にチョコンとすわって一日映画を見ていた。母親たちの話題は当然映画だったし、ジーン・ハーローは長いことマリリンのあこがれであり、マリリンをハーローの再来にしようというのが母親と、のちにマリリンの後見人になる母親の親友の夢だった。夢というよりもっと実際的な目標でもあったが。マリリン・モンローはだからなるべくして女優になった女優というか、カッコつけていうと宿命の女優だった、そう考えてもひとつもおかしくないと今は思っている。プラチナ・ブロンドのジーン・ハーローはなるほどとわかるが、ガルボというのはマリリンの対極にある女優ではないか。単純に外見をみても、マリリンの骨の細い体躯、ふっくらしたほほ、どちらかといえば小柄で頭の大きなスタイル、無邪気な笑顔。小作りな手足。ベティ・デイビスに言われた「どうにかならないの、その子猫みたいな」声▼しかるに、だ。ガルボはがっしりした骨組み、横に張った頑丈なお尻、長い腕。鋭い暗い視線。マリリンの柔に対して硬。声といえばこの映画はガルボの初めてのトーキーだ。ニューヨークの父親に会いに、ミソネタの農園を飛び出し、セントポールに流れて娼婦になり、病気で働けなくなって5歳のとき別れた父親をあてにやっとたどりついた。埠頭の船員相手の安酒場に姿を現すアバズレ女アンナがガルボだ。マスターがドアをあけると、ガルボが入り口の壁に体をもたせかけている。ほころんだ黒いセーターの穴から下のブラウスの白い色が見えかくれする。黙って入ってきて疲れたようにテーブルの椅子を引き、注文を待つマスターに「ウイスキーとジンジャーエール。ケチらないでね」低いその声が銀幕で発したガルボの第一声だ。置かれたウイスキーをクイッとあける。もう一杯矢継ぎ早に干し「やっと一息ついたわ」ゆっくりタバコを咥え、火をつけ濃い煙を吐く。全身から絶望を放っているガルボに観客は吸い込まれるだろう。喫煙が目の敵にされるようになってから昨今、タバコののみかたのうまい女優には、ベティ・デイビスしか記憶にない。池波志乃が芸能界入りすると決めたとき、父の10代目金原亭馬生が教えたことが煙草ののみ方だった。健康ファッショに毒されたガキのような俳優に真似のできることではない。マリリン・モンローが15歳のときガルボは引退する。思春期にいたマリリンにとってガルボとは、成熟した大人の女の象徴だったのかもしれない▼脇役がいい。父親クリス(ジョージ・F・マリオン)は石炭を運ぶ船の船頭だ。荷船で暮らしている。別れた老娼婦マーシー(マリー・ドレスラー)がたずねてきて、またよりをもどす。ガルボがやってきた酒場の先客がこのマーシーだ。言葉をかわすうちマーシーはこれがアンナだとわかる。「ねえ、お父さん、知っているの。どんな人」「このへんで評判のいい人だよ」マーシーは飲んだくれのクリスをそうかばい、自分はもうクリスとはいっしょには住めないと船を出ていく。マーシーはアンナが男とデートのとき偶然であわすがアンナはうろたえる。自分が娼婦をしていた前身をマーシーは知っている、ここで知り合いだと男にさとられたくない。気軽に声をかけたマーシーをアンナは無視する。マーシーは瞬時に事情を察し「わたしの見まちがいだったよ、アンタみたいなきれいな人がわたしを知っているはずがないわ」ととりつくろってくれる▼この女優マリー・ドレスラーはこのとき62歳。同年の「惨劇の波止場」でアカデミー主演女優賞に輝く遅咲きもいいところの女優である。俳優組合のストライキに積極的に参加したという理由で長年窮状を囲っていた彼女を、再生させたのはサルバーグの決定だった。以後ドレスラーは着実に人気を伸ばし本作の演技が高く評価された。サルバーグは生来の心臓疾患のため体が弱く37歳で没した。かれの天才的な映画人としての業績を記念して、オスカーに「サルバーグ賞」という名前を残す大プロデューサーだ。もちろん「アンナ・クリスティ」も彼の制作である。ストーリーは変哲もない恋愛劇だが(原作はユージン・スミス)類型的なそれぞれの役に命を吹き込んでいるのがガルボであり、ドレスラーであり、ジョージ・F・マリオンだ。マリリン・モンローはリー・ストラスバーグのアクターズ・スタジオで舞台のアンナを演じた。適役だったであろう。それまでやらされてきた金髪のおバカ娘をかなぐりすて、父親に見捨てられ体を売って生き、退廃と絶望から愛によって再生する女に挑戦した。どんな演技に出会っても拍手などして甘やかさないことを不文律としていたスタジオが、絶賛の拍手でマリリンを讃えた。口うるさいストラスバーグも制することができなかった。マリリンはうれしかったにちがいない。ガルボにあった思い入れがわかるような気がする。