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シネマ365日

2013年5月12日

できごと (1967年 社会派映画)

監督 ジョセフ・ロージー
出演 ダーク・ボガード/ジャクリーヌ・ササール/マイケル・ヨーク

ドツボの中年クライシス 

 よくこれだけ登場人物を俗物にしたと感心する。監督がジョセフ・ロージー、脚本がハロルド・ピンター、主演がダーク・ボガードのロージー一家です。「召使」もこのトリオでした。地位も収入も安定している男がある日ふらふらと衝動にかられる、という中年クライシスはアメリカでは立派な病気らしい。そういえば「アメリカン・ビューティー」という映画がありました。娘の同級生にその気になったおじさんが筋トレしてお腹をへこます、あらゆる努力にかかわらず悲劇に終わるという身も蓋もない映画。本作がカンヌ国際映画祭審査員特別賞に、「アメリカン・ビューティー」がアカデミー賞作品賞に輝いたことを思えば、男性がいかに中年クライシスに強い共感を覚えるのか、つくづくよくわかる。ロージーらしい皮肉をきかせた人物設定をみましょう。主人公スティーブ(ダーク・ボガード)はオックスフォード大学哲学科教授。職業はカチカチで頭のなかはHなことばかり考えているおじさん。妻が出産のため実家に帰っているとき、教え子のウィリアム(マイケル・ヨーク)が恋人である留学生アンナ(ジャクリーヌ・ササール)をのせスティーブの家の前で事故を起こし、ウィリアムは死亡した。スティーブはアンナを助け出しベッドに寝かせ、警察に連絡するがアンナが同乗していたことは隠す。下心ミエミエですね。彼はベッドのかたわらにすわり、アンナとの出会いの一部始終を回想する。これが映画の始まりです▼スティーブは二言目に「僕はもう年だ、年だ」と体力の衰えを意識する昨今。ウィリアムの恋人アンナが気になって仕方ない。妻はもちろん「?」と気づくが今さらっていうちょっと意地悪な目つき。昼食に呼んだウィリアムとアンナに、同僚のチャーリーがくっついてきたのがスティーブは気にくわない。なぜなら彼はテレビに出る人気教授だ。このチャーリーが人を人と思わない傲慢男なのにスティーブはヘイコラということをきく。波風たてたくない? 要するに敗北主義なのでしょう。アンナといっしょに散歩にいって手を握ろうとするができない。しかし頭のなかはHでいっぱい。お腹の大きい妻が邪魔くさそうなのに、夕食までふるまい泊まれと進める。出産のため妻が里帰りすると、なんと、チャーリーとアンナがスティーブの家を逢引き場所にして、勝手にあがりこんでいるではないか。なにこの連中。まんまとチャーリーに先を越され、いまいましくて仕方ないはずのスティーブは感情を押し隠し、つぎは窓からでなく玄関から入れと鍵までわたす。体力の衰えを自覚するとやることまで情けなくなるのか、この人の場合。テレビに出るチャーリーが羨ましくて仕方なく、スティーブは独自に運動するがチャンスはつぶれる。消沈のあげく離婚した元妻に電話し、ベッドをともにする(なに考えているの?)▼アンナはちゃっかり「ウィリアムと結婚する」とスティーブに打ち明ける。ウィリアムは貴族社会の富豪の息子だ。どっちをみてもスティーブには手の届かないことばかり。彼の視線はボートに乗って隣にすわるアンナのスカートからのぞく太ももや、ベッドで眠る背中や脚や、ぞろぞろアリが這い上がるような視線でなめまわす。チャーリーはむろん、アンナもしたたかな遊び女だし、真面目に結婚を考えて死んでしまったウィリアムのついていなかったこと。結局彼はアクシデント(できごと)で死亡し、アンナは国に帰る。スティーブの妻は無事男児を出産し、ますます夫の世話には関心がなくなる。スティーブはアンナととどのつまりアクシデントを起こすのだが、だからって日常のなにを変える度胸もない。人生はすべてこともなくレールの上を運ばれていく。すべてはもとの鞘におさまる▼なにがおもろいネンといいたくなる映画かもしれないが、これが面白いのだ。ダーク・ボガードのアンナを追ってさまよう視線、うろうろと落ち着きなくそれでいて視線の先に吸盤がついているみたいにネトっとしています。こんないやらしい目をする俳優も珍しい。腹が減った、とつぶやいて深夜の台所でオムレツをつくる。そこへチャーリーがきて、アンナがきて、スティーブは上手に作ったオムレツをチャーリーの前におく。やつはぶすっとフォークをつきさしまずそうに一口食って投げ出す。残りをチャーリーが食べるのだ。SMか、これは。ジャクリーヌ・ササールは年増女が厚化粧して女学生になったって感じでロージーの意図を体現している。登場人物は限られているのに、ロージーの人間地図が精緻なものだから、2時間近く全然退屈しませんでした。