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シネマ365日

2013年5月27日

イースタン・プロミス (2007年 サスペンス映画)

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監督 デヴィッド・クローネンバーグ
出演 ヴィゴ・モーテンセン/ナオミ・ワッツ/ヴァンサン・カッセル

端正なたたずまい 

 すぐ目につくことがいくつかありますね。クローネンバーグ組ともいえるヴィゴ・モーテンセン、ヴァンサン・カッセルの共演、ナオミ・ワッツはクローネンバーグ初出演ですが「危険なメソッド」のキーラ・ナイト・レイなんか見ているとクローネンバーグのタイプですね。それと最近「ロシア」がさかんにスクリーンに露出するようになりました。「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」もロシアの刑務所から始まりましたし「96時間」にもロシアの売春組織がうごめき、「ソルト」ではロシア大統領暗殺をめぐる陰謀でした。「ロシア」を舞台とする映画のスケールがだんだん大きくなっていくようです。西洋から遠く離れた異質の文化をもつ国。まだまだミステリアスなとばりにおおわれているロシアが、徐々に相貌を現してきているのでしょうか。「イースタン・プロミス」とは人身売買の意味。これはロンドンを拠点とするロシア・マフィアの話です。本作に映るロンドンはバッキンガム宮殿でもテムズ川でもロンドン塔でもありません。ロンドンの裏の顔・犯罪都市の顔です。少女売買・売春や奴隷組織のようなマフィア、殺人とその隠滅が日々行われ、国籍も名前もわからない男たちが現れては消えていく。町にはトルコ人の散髪屋、インド人のカレー店、ロシア料理のレストラン、アルバニア人の宝石店などが軒をつらね、多文化と混合文化が猥雑で活気にみちた移民たちの一画を形成しています。ロンドン五輪によって随分かわりましたが、一昔前のハックニーあたりがそんな感じです。クローネンバーグは粗筋とか物語とかいうまえに映画の雰囲気とか空気を充分呼吸させ、スクリーンを支配する気配のなかに観客の身を置かせます▼これは恋愛映画ではありません。主人公二人は二度と生きてあえないだろうことがわかっている。男は裏社会の自分のミッションに、女は薄幸な孤児と別天地で生きていくことを決める。登場人物たちはステレオタイプを潔癖に排除したクローネンバーグによって、みな複雑な人間性を与えられ、ここまでが悪人でここからは善人という幼稚な線引などない。裏切りもするが誠実、やさしくはあるが酷薄、勇敢でもあるが卑怯、愛情もあるが冷徹でエレガンスと教養のなかに限りない粗野を蔵している。本作の主演級の俳優たちですが、ナオミ・ワッツはイギリス人、ヴァンサン・カッセルはフランス人、ヴィゴ・モーテンセンは生まれこそマンハッタンですが父親はデンマーク人、毎夏デンマークに帰省しフランス語、スペイン語を流暢に話します。劇中自分でヴァイオリンを弾く、優雅なロシアン・マフィアのボス、セシオンを演じたアーミン・ミューラー=スタールはドイツ人ですが現ロシア領プロイセン出身。ポーランドの監督であり俳優であるイエジー・スコリモフスキーが在英ロシア人の役で、クローネンバーグ監督自身はカナダ生まれであるもののそもそもデンマーク人の家系です。つまりものすごくヨーロッパ色の濃い監督・主演たちによる映画です。クローネンバーグは映画をネチネチと組み立てる監督です。言葉をかえていうとひだの織り込みが深い。サウナのアクション・シーンはヴィゴ・モーテンセンが素っ裸です。微妙な角度を編集していますからモロにはみえませんがなんといっても大立ち回りですからリアルだ(だから「ひだの織り込みが深い」というわけじゃないのだけど)一事が万事、きめこまかく精巧な作りこみがハリウッドとちがう映画の匂いをかもします▼粗筋はロンドンのある病院に身元不明のロシア人少女が運び込まれます。少女は14歳、臨月で出産後息を引き取ります。腕には無数の注射のあと。ヘロインを打たれ売春させられ妊娠した。クリスマス前の雪がふるようなロンドンの町を着の身着のまま逃げてきたのです。担当看護師のアンナ(ナオミ・ワッツ)は恋人とわかれ流産したばかりだった。母親に死なれた赤ん坊を、せめて身寄りに引き渡したいと思うが手がかりは少女がもっていたロシア語の手帳だけだ。読み取れた単語のロシア料理店を訪ねて行った。オーナーのセシオンが対応し、その手帳を譲ってくれと頼む。レストランにはオーナーの息子キリル(ヴァンサン・カッセル)や彼の運転手ニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)が出入りしていた。日記の内容はロシア・マフィアの人身売買を摘発できる証拠だった。セシオンは言葉巧みに日記を手に入れ、ドジを踏んだ息子キリルの「身柄を渡せ」と、敵方のマフィアが要求してくるとニコライを身代わりにし騙し討させるような男だ。重傷を追いながらも襲撃を退けたニコライは病院でアンナに再会する。少女の残した赤ん坊の父親はセシオンだった。セシオンは赤ん坊のDNAと自分のそれが一致することを見越し、息子キリルに赤ん坊を始末しろと命じる▼ハリウッド的ハッピーエンドではありませんが、冷たいトーンのなかに名も無き市民が願う、ごくふつうの人間の希求、仕事と職場を持ち安定した収入を得、家族を得て穏やかに暮らす安らぎへの希求がしみじみと伝わってきます。そのいっぽうラストシーンでは、ボスを殺し組織のナンバー1になったニコライがテーブルに独りいます。かれのミッションは諸についたばかり。血管には血の代わりに針が流れているような緊張に静かに耐える男。端正といいたくなるような映画のたたずまいでした。

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