女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

シネマ365日

2013年5月31日

M (1931年 サスペンス映画)

Pocket
LINEで送る

監督 フリッツ・ラング
出演 ピーター・ローレ

狂気には狂気を 

 フリッツ・ラングの初めてのトーキーというから時代がわかるというもの。1931年といえば昭和6年です。清水トンネルが開通し、東京浅草オペラ館でエノケンが旗揚げ公演、羽田飛行場(東京国際空港)が開港しました。同年生まれには俳優の高倉健・作家の曽野綾子・詩人の谷川俊太郎・歌舞伎役者の坂田藤十郎(4代目)ら各氏がいます。映画では「モロッコ」が俄然注目を集めました。砂漠に向かって裸足で男を追ったマレーネ・ディートリッヒは、あとにもさきにも唯一のアカデミー賞候補(主演女優賞)となりました。スクリーンはもちろんモノクロです。舞台はベルリン。第二次世界大戦前夜ともいう不穏な空気が社会を押し包んでいます。ヒトラーが政権をとるのはこの2年後、1933年でした。ユダヤ人への迫害は日々強くなり、ユダヤ人であったローレは本作の撮影終了後フランスに、そしてすぐアメリカに渡り間一髪で危機をきりぬけました。ラングは本作のあと「暗黒街の弾痕」や「飾り窓の女」「無頼の谷」などを撮り、アメリカ犯罪映画の始祖といわれる高い評価を得ました。今からみると圧倒的に主役は男性、女性は完全に脇役で主婦に娼婦。映画作りの視点がもろによくわかります▼主役のピーター・ローレはエイリアンの様相というべきか。まるまると太った背の低い体、毛の薄い大きな頭にカメレオンのような大きな飛び出した目。中盤までほとんど登場シーンがなくセリフもありません。彼が幼女ばかり殺害する異常者であることは最初から観客にはわかっています。だからこの映画は犯人探しのミステリーではなく、犯人の異常性がどんな行動を通して示されるか、またその手がかりをいかにしてつかみ、絞り込んでいくという、噛んで含めるようなじっくり煮込みのプロセスに焦点があてられます。食事の支度をして幼い娘の帰りを待つ母親の日常が、貧しいけれど素朴なやさしい風景として冒頭に現れ、母親のセリフといえばほとんど子供の名前をよぶだけのシーンですが、ここの作りこみのきめ細かさは、ラングの繊細なセンスをよく示しています▼幼女ばかりを狙った誘拐殺人事件が8件連続した。町は不安と怒りと疑惑と興奮がうずまく。犯人逮捕に賞金1万マルクがかかった。遅々として捜査の結果がでない警察は非難誹謗の的。警察署内はくたびれきった警官や刑事がごろ寝し捜査会議は喧々諤々、にもかかわらず犯人の尻尾はつかめない。犯人は嘲笑するように新聞社に投書し犯行の続くことをほのめかす。取り締まりはいっせいに強化され、毎夜のように娼館や酒場の手入れがあり逮捕者が続出した。情報提供もつぎつぎあるがみなガセネタ。市民の神経がピリピリしているところへまたしても誘拐殺害。犯人はペール・ギュントのメロディを口笛で吹きながら女の子に近づき、話しかけ、風船や玩具を買って歓心をかい、親しげにいっしょにどこかへ歩いて行く。その女の子のときは街路にいた盲目の風船売りから風船を買って与えた。その口笛を老いた風船売は覚えていた▼誘拐殺害犯によって迷惑をこうむった一団がいた。取り締まりが厳しくなったために商売があがったりになった詐欺、金庫破り、窃盗などのグループだ。彼らは組合(というのかなんというのか)みたいなものがあり、会合を開いて善後策を協議した。早く犯人をつかまえないとおれたちは仕事ができない、警察はなにをしていると全員でいきまいている。この調子では餓死だとみな意見一致、警察に協力しようにも俺たちの厚意を勘ぐって逮捕しないとは限らない(このへんの泥棒たちのやりとりが絶妙におもしろい)いっそおれたちで犯人を挙げようと無謀極まる計画をたてた。しかし蛇の道はヘビで、彼らは本気になると警察よりもっと犯罪網に詳しく、犯人の行動歴みたいなものを的確に読み取る。ざっと100分の映画の三分の一くらいで犯人がわかり、三分の一くらいで犯人を追い詰め、あとの三分の一が犯人との対話です。いかにもドイツ人らしい理詰めの展開ですが、理屈臭を感じさせない。どころか盲目の風船売がひょいと小耳にはさんだ口笛という叙情的なシーンが突破口になります▼幼女誘拐殺害の犯人を弾劾する犯罪者たちによる裁判がクライマックスです。かなり図式的ですが、当時のナチスによる理性の解体と崩壊を経験したヨーロッパでは目には目を、狂気には狂気をという対位がもっとも普通な形と考えられたのでは。そう考えるとそっちのほうが怖くなります。80年たっても問題を提起しつづけ、今に通用する映画をつくった監督術と映画人たちのスピリットに敬意をこめて見終わりました。

Pocket
LINEで送る