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特集「ディーバ(大女優)」

2013年6月17日

特集「ディーバ(大女優)」 シガニー・ウィーバー アイス・ストーム (1997年 社会派映画)

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監督 アン・リー
出演 ケヴィン・クライン/シガニー・ウィーバー/ジョアン・アレン

「陰」の情景 

 本作のシガニー・ウィーバーをどこかでみた顔だなーと思って映画のあと、手元の「幻獣大辞典」をめくっていたらこれだな、耳がピンとたって目つきが鋭くて髪が長い「エンプーサ」人間を食い殺す怪物のごとき魔女なのですけどね。初見でそんな印象をもったくらい、シガニーが「ぶっ飛び」です。もともと彼女、あんまり色気を感じさせない女優だけど、本作のヒロインたちはなぜこうもみな暗く不幸顔なのか。ニューヨークに近いコネチカット州の二軒の中流家庭の日常をアン・リーはとりあげる。「コールド・マウンテン」ではすべてを飲み込む深い森、本作では心を凍らせる冬。人間の居場所がどこにもないような厳しい風景をリーはいつも設定する。日常の営みは平坦に穏やかに過ぎていくが「人の心のなかにはこんな峻別な風景があるよ」そういいたいみたい。最近作のオスカーを取ったトラの映画でも舞台は海。アン・リーは人間が小さく見えるものが好きだな▼さっき「ぶっ飛び」といったけどシガニーだけじゃないのです。シガニーの不倫相手の隣のご主人、ケヴィン・クラインは「デーブ」で替え玉大統領に、シガニーはファーストレディになって共演、その監督がだれあろう「ゴースト・バスターズ」シリーズのアイバン・ライトマン。ケヴィンの反抗期のイケズ娘役にクリスティーナ・リッチ。あの「アダムス・ファミリー」で、たよりない親父にかわり一家をしきっていた魔女娘であり「モンスター」ではシャーリーズ・セロンをメロメロにした女の子ですね。コメディにもシリアスにも強い役者が何食わぬ顔で揃いました。この映画のコンセプトを監督は冒頭でトミー・マグワイア(「スパイダー・マン」=ただし今回は何で出てきたのかわからないような役)に簡潔に語らせています。「家族は互いに反物質なのだ。人は家族という虚構から発し、死ぬとき虚空にもどる。家族の絆が強いほど虚空は奥深い」リー監督らしい「清らかな厭世」ともいうべき諦観です。彼の仏教的世界観からみると、人間を抱く世界の広大さとは、どうしても深い森や海や空という、限りない果てしないものに結びついていくように思います▼アン・リーはもうひとつわれわれ東洋人にはなじみ深い、日常の世界がある日いきなり逆転する「負の地帯」を設定します。よく世事にいうでしょ「板子一枚下は地獄」とか「一寸先は闇」とか、あれですね。日々の生活でそのエリア(負の地帯)に入ってしまうと物事がうまくいかなくなる(そんななまやさしいものではないと思いますが)。だがある人々にとってはそこが魅力的で負の地帯かに入り込み出てこようとしない。たとえばこの映画のある人にとっては不倫、ある人にとっては万引き、ある人にとってはスワッピング。魔がさしてドツボにはまってしまった人々がたくさん登場する。そういう「普通の人々」をみるリーの視線は、告発や厳しさより、やりきれなさをたたえている▼ここに描かれる夫婦関係は最悪なのだけど、その最悪さは暴力や虐待や貧しさではない。富豪ではないが収入は安定し、夫も妻も世間から後ろ指をさされるひとたちではない。子供も反抗的で問題はあるとしても、しょせん年齢についてまわる程度のものだ。それなのに夫も妻も不倫に走り、もうひとりの妻はふらふらと夢遊病者のように万引きをする。行きたくないといいながら、やむをえずきてしまったというふうにとりつくろってスワッピング・パーティーに来る。すぐ帰ればいいものを帰らない。その心の状態こそが「負の地帯」であることがわかっているのに立ち去れない。悪とよぶほどの強さも激しさもない、ただの「負の地帯」が泥沼みたいに体をからめとる。こういう「陰の情景」はリー監督の独壇場ですね。監督、今度は「負の地帯」を思い切り逆転させた「陽の情景」喜劇の世界を撮ってみませんか。本作の出演者そのまま移行できますよ。

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