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シネマ365日

2013年6月26日

コロンビアーナ (2011年 アクション映画)

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監督 オリヴィエ・メガトン
出演 ゾーイ・サルダナ/クリフ・カーティス/ミシェル・バルタン

世俗にかかわらぬ女 

 女ジェーソン・ボーンです。ここはコロンビアの首都ボゴタ。両親を目の前でマフィアに惨殺された9歳の女の子カトレアが、アメリカのシカゴに叔父エミリア(クリフ・カーティス)を訪ねていき「殺し屋になるの。手伝って」とニコリともせず言う。おじさんの息子もマフィアに殺された。「犯人はいまどこにいるの」とカトレアが聞くと「一人も生きていない」とおじさんは答える。こういう一族なのである。おじさんはカトレアを大金の裏金でむりやり中途入学させる。カトレアは不満だ。校門をでるなり「おじさん、学校は殺し屋になるために役にたたないと思うの」しごくまっとうな意見を言う。「おじさんが手伝ってくれないなら自分でやる」おじさんはいきなり銃を抜き通りかかった車にぶっぱなす。ドライバーは仰天、車は歩道にのりあげガソリンが火を噴く。それを見ながらおじさんは「お前が言っているのはこういうことをやることだ。だが5年で死ぬぞ。利口でなきゃ生き延びられない。学校で世の中の仕組みや人間の心理を学べ。どっちを選ぶ」えらいおじさんである。それから15年カトレア(ゾーイ・サルダナ)は黒豹のようにミステリアスな殺し屋に変身した▼脚本はリュック・ベッソンです。彼は女性を主人公あるいは映画の軸にすることが多い監督ですが、そのスタイルに特徴があります。「ニキータ」にせよ「レオン」のマチルダにせよ(カトレアは成人したマチルダととらえてもいい)著しい共通項があります。彼女らはまったく「世俗にかかわらぬ女」なのです。カトレアには画家の恋人がいますが、彼の部屋にふらりと来てはものもいわずセックスをし、満ち足りたらさっさと出て行く。もうすこし「普通の恋人のようなことをしないか」と彼氏は提案しますが「?」カトレアはどうすることかピンとこない。ワインを飲んだり食事をしたり、話をしてお互いのことをよく知り合うのだと彼は説明する。つぎに彼が自分の部屋に帰ってみると、白いテーブルクロスのかかったテーブルにグラスとワインと料理らしきものが用意してあり、カトレアが「これでいいか」というふうな顔で待っていた。世俗とかかわらぬどころか、地球の習慣を超越した宇宙人みたいなものである▼エミリアおじさんはカトレアに比較的安全な(というのも妙だが)殺しだけを依頼し、きわめつけの危険な殺し屋稼業から距離を保ってきたつもりだが、カトレアは暴走、両親の仇をつぎつぎ殺害していき、現場にコロンビアの花カトレアを置いて去る正体不明の謎の殺し屋と称されるようになった。本作は他のベッソンの多くの映画のようにセリフ劇ではない。おしゃべりは捜査するFBIと、マフィアとからむCIAという体制側の〈ぼやき〉がもっぱらで、カトレアは闘争と防御と銃撃と脱出のアクションに終始する。つねに寡黙にして小型ミサイルをぶっぱなし敵マフィアの邸宅を木っ端微塵にするという、シュワちゃんも顔負けの攻撃である。マシンガンに拳銃にミサイルにナイフ、ありとあらゆる武器を使いこなし射撃の腕は百発百中。そんなばかな、ちょっと話が飛びすぎだろと、もし観客がいいがかりをつけたくなったとしても、メガトン監督は耳をかさない。カトレアの復讐より監督の思い入れのほうが燃えていたのではないか▼ノンストップ型女性アクションスターが多士済々になってきました。古典的なところではジーナ・デイビスの「ロング・キス・グッドナイト」レナ・オリンの「蜘蛛女」ヘレン・ミレンの「サイレンサー」などが、次世代にはアンジー、ミラ・ジョコヴィッチ、そうそうルーシー・マーラとノオミ・ラパスの演じた「ドラゴン・タトゥーの女」やシアーシャ・ローナンの「ハンナ」は妖精のような殺し屋でした。雇用機会均等はどこよりも殺し屋の業界で拡大したらしい。それとたいした役ではなかったですがFBIの捜査を妨害するCIAのエージェントにミシェル・バルタンが扮しています。バルタンという名前で思い出しませんか。フランスの歌手シルビー・バルタンは彼の叔母。彼女は日本で大ヒットした「アイドルを探せ」のほかテレビCMの「ワンサカ、ワンサカ、イエーイ、イエーイ、イエーイエー」でおなじみ。何度となく来日しています。

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