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特集「銀幕のアーティスト」

2013年7月2日

特集「銀幕のアーティストたち」 ブリューゲルの動く絵 (2011年 事実に基づく映画)

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監督 レフ・マイエフスキ
出演 ルトガー・ハウアー/シャーロット・ランプリング/マイケル・ヨーク

暗喩に満ちた絵解きの興奮

 ブリューゲルというきわめて映画的な画家の、なかでもミステリアスなほどメタファー(暗喩)に満ちた「十字架を担うキリスト」が本作のテーマだ。「動く絵」というタイトル通り、レフ・マイエフスキ監督はブリューゲル(ルトガー・ハウアー)その人を登場させ、16世紀フランドルの風景のなかにキリストや聖母マリア(シャーロット・ランプリング)を復活させる。そんな野心に満ちた試みがデジタル技術を駆使した映画表現によって可視化された。ブリューゲルの「十字架を担うキリスト」の細部の細部にまで意味を見つけた監督の目が、ブリューゲルの絵を、緻密で厳格で詩的な映画にしている▼タイトルこそ「十字架を担うキリスト」だが、キリストは絵の中心にいない。いや位置的には中心なのだがほとんど見逃すほど小さく描かれていてわからないほどだ。しかしこの構図こそがブリューゲルの狙いだったと監督は読み解く。ゴルゴダの丘に十字架を担って鞭打たれながらいくキリストの周りには、畑で働く農民や収穫のダンスを踊る人々、あるいは圧制者スペインの傭兵たちの赤い制服がびっしり描き込まれている。絵の右下方には嘆きのマリアが、その隣には車輪刑の棒に不吉なカラスがとまっている。いっぽうにキリストの悲劇がありながらなにごともないようにふるまう民衆を描くことでブリューゲルは人間のたくましさや厳しさを現したのだ。16世紀のフランドルはスペインが支配し異端者を弾圧していた。平和な農村の朝が来て、若い夫婦が子牛を売りにいく。そこへやってきたスペインの兵隊たちがいきなり夫をなぐりつけ、棒の先の車輪にくくりつけ車輪刑にする。リンチである。妻はなすすべもなく泣く。撲殺された夫の死体にやがてカラスが群がり始めた。この光景をみながら絵画コレクターのヨンゲリンク(マイケル・ヨーク)はかたわらのブリューゲルに「ひどい有様だ。これを描けるか」と尋ねる。描けると答えたブリューゲルの合図とともに尖塔の岩山のさらに頂上にある風車が動きを止めた▼風車とはエネルギーを生み出す、つまり世界を動かす源だ。風車が粉をひいてパンができる。パンとはキリストの肉のシンボルであり、だから風車の羽根は十字架の形をしている。ブリューゲルの合図を受けて風車を止めた男は天を司る神を象徴し、風車が止まることは世界が止まることを意味する。ブリューゲルは尖塔の途中に窓を描いた。窓があることは岩のなかはくり抜かれそこが住居となっているからだ。そこは世界と時間を支配する神の住居である。絵の左側は生の世界で木の葉は青々としげり空は晴れ渡っている。右側は死で草木は枯れ死体をのせる車輪が描かれ空には雲がたちこめ死の土地を覆う。そんなブリューゲルのメタ言語が限りなくこの絵を物語的にしている。マイエフスキ監督自身ブリューゲルが大好きでウィーン美術史美術館のブリューゲルの展示室で何度もこの絵をみた。みればみるほどブリューゲルは奥深く、その意図を図るのは刺激的だ。ブリューゲルの絵をほとんど穿刺する監督の目は死者と話をしているかのようだ▼主演のルトガー・ハウアー。覚えておられるだろうか。リドリー・スコットが「ブレード・ランナー」でレプリカントのリーダー役に抜擢。この世に生きておれる自分のタイムリミットを知り、人間の制御と支配を断ち切ろうとするレプリカントが、雨の中でつぶやく「そのときが来たようだ。雨のように涙のように…」彫刻のごとくうずくまったまま命を終える男の顔。イギリスのウェブサイト「DEN OF GREEK」は「SF映画のイケてる主人公トップ50」第34位にこのレプリカント・ロイを選び「真の主人公はハリソン・フォードではなくルトガー・ハウアーだ」と書いたくらい。あのとき29歳だったハウアーは67歳になって、ますます渋い味わいをみせています。

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