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特集「銀幕のアーティスト」

2013年7月4日

特集「銀幕のアーティストたち」 裸のマハ (1999年 事実に基づいた映画)

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監督 ビガナ・ルナ
出演 ペネロペ・クルス/アイタナ・サンチェス=ギヨン/ホルヘ・ペルゴリア/ステファニ・サンドレッリ

秘密のマハ 

 「裸のマハ」「着衣のマハ」の製作は1797~1800年頃とされる。ゴヤの耳はすでに聞こえなくなっていた。余計な雑音に煩わされず絵に専念できるよう神はゴヤから聴覚を奪ったのだといわれるほど、彼の傑作は聴覚を失ってのち生み出されている。裸のマハという響きのいい語感をもつ絵。モデルはアルバ公爵夫人(アイタナ・サンテェス=ギヨン)とも当時ゴヤとスペイン宰相ゴドイの愛人だったペピータ(ペネロペ・クルス)ともいわれる。劇中では「わたしの体を描いて顔を公爵夫人にした」といってゴヤはペピータに怨まれるが、宮廷画家としては最大のスポンサーの意向を無視することはできなかったのは当然だ▼公爵夫人は宰相とも愛人関係にあり宰相は王妃マリア・ルイサ(ステファニ・サンドレッリ)の情人であり、という爛熟の宮廷相関図だった。権勢ならぶもののなかった公爵夫人はある夜のパーティーの翌日死体となって発見され大騒ぎになる。ゴヤが使う緑色の絵の具は猛毒性で、それがグラスの底にこびりついていたことから毒殺説が強くなる。犯人はだれかということになるが、映画はサスペンスというより女の嫉妬怨恨と権力争いが主題だ。ゴヤは耳が不自由なせいかセリフも少ない。くどくどスクリーンに出てくるのは、絵画史上初めてズバリ描かれた作品だといわれるマハの陰毛の部分である▼推理サスペンスでもなく情痴のはての殺人でもない。ラストで死んだ公爵夫人の指から奪った念願の指輪をはめ、ベッドの上で会心の笑をうかべる王妃と宰相をみれば拍子抜けするほどこの映画はアホらしい。監督はおおざっぱにはしょってしまったが、この映画の背骨はじつはエンディングのモノローグにある「その後王妃は流浪しゴドイは失脚し、ペピータは財産をごっそり積んで逃亡、ゴヤはスペインを追放されボルドーに亡命した」これだけではさっぱりわからないが、当時のスペインを考えれば逃亡だろうと流浪だろうと追放だろうと、よく生き延びたものだと思える激動期だった▼「マハ」と並ぶ傑作「カルロス4世家族の像」をゴヤは同時期に描いている。王に王妃、画面の左端の貴公子は王太子(のちのフェルナンド7世)。この王太子は両親に批判的で、母の愛人ゴドイ宰相が牛耳る宮廷で反対勢力を形成した。そこへナポレオンの野望が油に火を注ぐ。世界制覇をもくろむフランス皇帝はスペインへの執着を露わにし、それに便乗してナポレオン軍を引き入れ、親と祖国を売ったのがこの王太子なのだ。1814年にゴヤは再び王太子を描いているが、昔日の貴公子は面影もなく、ピエロのような粉飾が施され醜悪きわまりない。ゴヤの残酷なばかりの力量は情け容赦なく男の真実の顔を暴く。ナポレオン軍の侵攻によってスペインは壊滅状態になる。ゴヤを描くもうひとつの佳品「宮廷画家ゴヤは見た」で、ミロス・フォアマン監督が絵巻物に繰り広げたのはこのときの「車輪の下」に蹂躙されたスペインである。異端審問の復活、ロベラル派への冤罪と弾圧、監禁、拷問、強姦、絞首刑、斬首。ゴヤは聞こえない耳をそばだて目の前で繰り広げられる地獄図を見つめた。絵の才能を備えながら展覧会では落選ばかり、40歳になってようやく宮廷画家に就職したゴヤは苦労人だった。まして宮廷内の権力抗争や愛人関係や、王家・閣僚の裏の部分を知り尽くした画家だ。我が子を食うサトウヌルスや晩年の「黒い絵」には人間への憤怒と絶望が凝縮されている▼しかしこの「マハ」はどうだろう。裸のマハも着衣のマハも静逸な色調のなかに落ち着いた美が象嵌されている。無音世界でただ視覚だけを研ぎ澄まし、冷酷なまでに描き尽くそうとしたゴヤの魂が、絵の内側から深い光を放っている。ゴヤはこの自作が気にいっていたにちがいない。ひとりじめにしたかったにちがいない。だれの依頼によるものか、モデルがだれか詮索はつきず、とうとう裁判所にまで呼ばれ質されたがゴヤはついに口を割らなかった。

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