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特集「銀幕のアーティスト」

2013年7月5日

特集「銀幕のアーティストたち」 炎の人ゴッホ (1956年 伝記映画)

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監督 ヴィンセント・ミネリ
出演 カーク・ダグラス/アンソニー・クイン

真昼の死 

 ゴッホの足跡にそって映画はロケされ、アルルやサン・レミ、終焉の地となったオーヴェルでの製作をなぞっている。陽光あふれるアルルでの製作やゴーギャンとの共同生活の破綻など、それでなくともドラマ性に満ちているゴッホの後半生をじつに手際よくまとめたものだ。圧巻はサン・レミの「星月夜」「糸杉のある散歩道」「オリーブ畑」そして絶筆となった「カラスのいる麦畑」「荒れ模様の空の麦畑」だろう。おだやかな田園の光景がゴッホのキャンバスには天が裂け地の割れる様相を示す。カラスは死の死者のように黒い大きな翼で空を飛び交う。カーク・ダグラス扮するゴッホの筆が猛然と絵の具をキャンバスに塗りつける。実際はこうじゃなかっただろう、なんてことをひとつも思わせない▼ゴッホという誠実な男性。空気がよめないところもあるが優しくて思いやり深く、自分が役にたつことをこの世でみつけたいと心から願う真面目な青年。いままでいろんなことをやってきたがそのどれもしっくりこなかった。求婚したら熱情の濃さに相手はおそろしくなって逃げ出す、牧師になったら協会理事たちにお前らはこの町の(ゴッホが派遣された田舎の炭鉱町のこと)貧困や困窮がわかっていないと偽善者よばわりする、洗濯女と同棲したが彼女もまたゴッホの行き過ぎるほどの愛情に戸惑う。とにかくゴッホとは「ほどほど」からもっとも遠くにいた人なのである。テオだけがそんな兄を心から「いいやつ」だと思っている。理解者だというより二卵性双生児に近い。結婚して生活費がかさむにもかかわらずゴッホから矢のように催促がくる画材一式を用立てて送る。もちろん生活費いっさいを面倒みている。いくらパリで成功した画商だとはいえ、妻も子供もいるなかで兄への援助はアルル時代から死まで10年にわたる。自分にはきっとなにかあると思うのだ、という兄の言葉を遅疑なく肯定し27歳で画家になる決心をした兄を全面支援するのである。こんなゴッホははたして不幸な画家だったのだろうか、とさえ思う。世にでなかったというかもしれないが、テオの支持はゴッホの自信を露ほども疑わせなかった。売れなかったというならセザンヌもよく似たものだった。セザンヌは銀行のオーナーの息子で一生食うには困らず、父の死で彼があわてたのは従来通りの生活費が得られなくなったからだ。芸術家がみな貧しく貧困のなかで製作したのかというと間違いであろう。ドガもまた資産家の息子で食うために働くことはなく、オペラ座に桟敷をもって踊り子を描いた。画家ではないがメンデルスゾーンもセレブ一族の息子で、幼少時から美貌と才能を謳われた。二物も三物も天は与えることがある、それが人生の現実だろう。ゴッホだって経済的にだけいうなら、テオのおかげでみじめな身の上ではなかったといえる。テオはゴーギャンがアルルにきて共同生活をはじめ生活費がかさむようになってさえ現金と画材の仕送りをやめない弟であった▼金のことばかり書くようだが、ゴッホの画業とは絵そのものの技量もさることながら、彼のスピリッツなしにできあがりはしなかった。その彼のスピリッツといい思索といい、手紙に書かれた深い思考といい、それら内面の劇は、あくせくと余分な時間を食べるために消費する必要のなかった環境をテオが与えたから育まれたのだ。そういってしまうの身も蓋もない、現実的すぎる解釈かもしれないが、映画にしても彼の手紙にしても、生活には健全な余裕とそれにともなう寛容にあふれている。もちろんゴッホの人柄がそうであったにちがいない。この映画によればゴッホは死の直前、入院した病院でこんなことを言っている。看護に当たるシスターが「これは暗い死ではないわ」「そうです、シスター。死は明るい昼に現れる。太陽の金色の光が満ちるときに」この絵が「麦を刈る男」である。光満ちるときに現れる死。後世の画家によって描かれた、歪んだ暗い死の表象に比べ、ゴッホの安定した明るい死のイメージに驚く。彼は狂って自殺したのではない。発作によって自分の鮮明な意識と知力が崩れる怖さによって、自分が自分でなくなる認識の崩壊を防ぐために死を選んだのだ。どこも狂っていなかった。彼は群れず集団やどの運動にも属さなかった。その必要がなかった。彼の精神は彼だけで自足し消耗しつくしたのだ。息をひきとったゴッホにテオがいう「兄さん、かわいそうに」これはもう理屈もヘチマもない肉親の情だろう。テオは兄がかわいそうで、かわいそうでたまらなかったのである。こんないい兄の人間も絵も理解されること少なかった、あんなに一生懸命やってだれにも認められなかった(ぶどう畑の絵が一点売れたが)絵に対する情熱は虚空にむなしく発散されただけではなかったのか。その虚空は結局テオをも飲み込んでしまう。兄の遺作の口を開けた地面をみたとき魂の吸い込まれる思いがテオはしなかっただろうか。

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