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特集「銀幕のアーティスト」

2013年7月8日

特集「銀幕のアーティストたち」 バスキア (1996年 伝記映画)

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監督 ジュリアン・シュナーベル
出演 ジェフリー・ライト/デヴィッド・ボウイ/デニス・ホッパー/ゲイリー・オールドマン/ウィレム・デフォー

バスキアの虫 

 一言でいうと監督のセンスは悪くないのだけど、なにかドッキリするところがないのよね。よく描けているけど平板な絵みたいで。時代は1979年。バスキアは20歳でニューヨークの貧民街で壁や塀にグラフティ(落書き)みたいな絵を描いているストリート・アーティストだ。彼は友だちのベニーといっしょにリムジンから降りるポップアートの寵児アンディ・ウォーホール(デヴィッド・ボウイ)をみかける。アンディのあとをおってレストランに入ったバスキアは絵葉書を1枚10ドルだといって見せる。アンディは押しかけられて断れず、気弱そうな調子で「これがいい、あれもいい」と数枚買う。アンディといっしょにいたのが画商のブルーノ(デニス・ホッパー)。アンディの特徴だった銀髪のかつらをつけたボウイがアンディそっくりだ。バスキアを取り巻く脇役陣の豪華なこと。ボウイとホッパーのほかチラッと出てくる配線工事の電気屋にウィレム・デフォー、人気アーティストにゲイリー・オールドマン。バスキアの絵を買いに現れるアーティストにティータム・オニールが出演している▼豪勢な俳優陣にかかわらず、たんたんと叙述が進むだけで盛り上がりがない。あるときパーティーでバスキアの絵をみた美術評論家が彼に惚れ込み、あっという間に頂上に駆け上り、ヘロイン中毒になり27歳で死んだ天才画家。ただそれだけなのだ。有名になったために嫉妬され、黒人であることを売り物にしているとか、住む世界が違うようになり恋人も友人も離れていってしまったとか、バスキアが傷つくことが箇条書き的に述べられてはいるが、だから彼の芸術はどう深みを増していったのかというところが食い足りない。27歳で死んでしまったのだから、スキルや体験を深化させる時間はなかった…そうなのだろうか。バスキアは繊細なあまり自分の才能に圧迫され、神経の緊張の出口を見つけるためにクスリに溺れる。キャベツを中から食いつぶす虫が自分の心のなかにいると表現したのはカミーユ・クローデルだった。そうだろう。心の芯を食いつぶす毒虫を一匹飼っているのが芸術家なのだ。毒虫といってもいい、魔といってもいい、鬼といってもいい。芸術家が心のなかに、魂のなかに共存させるのは白無垢のハトだけであってはらちがあかない。そんな業火のようなものが27歳とはいえあったはずだ。ランボーは自分の鬼火を持て余し20歳で詩を棄て灼熱のアフリカに去った。モーツアルトの「レクイエム」は死神が自分の襟首をつかんだことがわかって書いたのだ▼バスキアとたった一人気の合うともだちだったアンディも死ぬ。アンディ・ウォーホールもバスキアも、従来のものとかけはなれた材料と表現で伝統に風穴をあけた。習うことや真似することで得られない独特のカルチャーを生み出した。それは魅力にあふれているが、こっちが元気なときでないとつきあいきれない風合いがある。ニューヨークの下町や裏町が生き生きと登場する。薄汚い街角も、ホームレス一歩手前のバスキアが恋人に一目惚れした安っぽいレストランも。パリの街なくて佐伯祐三の絵が生まれなかったように、ニューヨークの下町なくしてバスキアの絵は生まれなかった。その日暮らしの日銭をロック・バンドの演奏や絵葉書で稼ぎながら、明日のアンディ・ウォーホールを夢見て狭いアパートで恋人と暮らしていたときがバスキアのいちばん幸福なときだったろう。成功と成熟はちがう。成熟は成功のあとにくるものだ。才能があり愛する人に恵まれ、仕事があって生活している、それがすでに人生の成功だとバスキアが知っていれば、それ以後彼の人生にもたらされるものは成功が成功した人間に与える成熟であり豊かさの源だとわかっただろうに。バスキアの虫が彼の成熟を食ってしまったのだ。

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