女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「銀幕のアーティスト」

2013年7月10日

特集「銀幕のアーティストたち」 フリーダ (2002年 伝記映画)

Pocket
LINEで送る

監督 ジュリー・テイモア
出演 サルマ・ハエック/アルフレッド・モリーナ/ジェフリー・ラッシュ/アシュレイ・ジャッド/アントニオ・バンデラス/エドワード・ノートン

歓びにみちた「出口」 

 ジュリー・テイモア。女性監督ですね。舞台では「ライオン・キング」映画では「タイタス」や「テンペスト」などのシェイクスピアを映画化しました。「タイタス」でジェシカ・ラング扮したゴート人のタモーラ女王の残酷ぶりのこわかったこと。「テンペスト」は復讐劇です。それも主人公プロスペロを男からヘレン・ミレン演じる女公爵に替えました。フリーダもラテン系の激しい女性です。テイモア監督はそんな女に創作意欲をかきたてられるみたいです▼フリーダ(サルマ・ハエック)が劇中「わたしの人生で大事故がふたつあったわ。ひとつはバスでひとつはあなた。あなたは最悪よ」あなたとは結婚した画家のリベラ(アルフレッド・モリーナ)。メキシコを代表する画家だが浮気がたえず妻は愛想をつかして出て行き、フリーダは自分の妹にまで彼が手をだしたことに怒り狂い別れた。二人の出会いとは、画家になれる才能があるかどうか、自作を数点もってフリーダが彼のもとにいき品定めをたのむ。フリーダは「よほどの女でないかぎりあなたはほめる男だと聞いているの」と最初にパンチをくらわせ、リベラから本音を聞き出す。彼は「絵を描くべきだ」と断言する。これが「最悪の男に出会った人生の大事故」とフリーダはいうが、でも彼は本作でみるかぎりいい男ですよ。リベラは浮気はするが悪びれず、フリーダに約束したように彼なりに忠実だった。リベラはフリーダの並外れた才能と強い性格に圧倒され(妹に手をだした失敗もあり)一度は彼女のもとを去るのですが、また復縁し結局かれらは25年をともにします▼もうひとつの大事故は18歳のとき、彼女がまだ高校生のときのバス事故です。下校時の乗合バスが衝突し、フリーダの腰部から膣を鉄棒が貫き、骨盤と子宮、大腿骨の裂傷と無数の複雑骨折という重傷をおい歩行と妊娠に著しい傷害を負います。一時は絶望視され奇跡的に歩行できるようになったもの、その後接骨や人工関節の手術を何度もくりかえさねばならず、彼女の作品がほとんど自画像なのは、絶え間ない痛みに鎮痛剤をうち続けなければならないことや、自由にどこにでもいける体ではなかったからです。彼女は故国メキシコを愛し、自分の国で個展を開くのが夢でした。才能を認めた画商はまずパリで個展をさせます。パリに行ったフリーダは「悪夢のような町よ。フランス人は世界でいちばん気取り屋で、彼等の退屈な芸術論をきくくらいならメキシコの市場で物売りでもしていたほうがまし」言い過ぎたと思ったのか「これはうそ。ホントは魅力的な街です」というものの「早く帰りたい」と手紙でリベラに訴えます。パリはフリーダの気質や体質にあう風土でも文化でもなかったのでしょう▼メキシコに亡命してきたトロツキーとの関係もありました。リベラは妻の情事を怒りますがフリーダもまけていません。どちらも気性の激しい典型的なラテン系です。フリーダはバイセクシュアルでした。いい女とみれば熱い視線で近づきためらいもなく愛を交わします。苦しみと欲望の中でフリーダの画業は練度をあげ絵は複雑な、そして美しい思念の世界を描き出します。妊娠した喜びもつかのま、帰宅したリベラが見たものは、母胎が保ちきれなくて流産した、血の海のなかで気を失っている妻でした。20歳からの作品を見ても「ヘンリー・フォードの病院」(25歳)「2~3の小さな酷評」(28歳)「水が与えてくれたもの」(31歳)、そして「根」(36歳)など、それらの作品のいずれにもおびただしい血痕や流血や、透明な水のなかに透けてみえるはてのない因果の連鎖や、黄泉の国のような無音の世界があり、フリーダの絵には血と命と死の予感があふれています。39歳のときの「小さな鹿」は顔がフリーダ、体幹は鹿、その体には9本の矢が射こまれており、垂直に並ぶ木立を背景に鹿は道を横切ろうとしています。背後の道は断ち切られたように突然なにもなくなり海の水平線が描かれています▼フリーダの体調はますます悪化し念願だったメキシコでの展覧会の日にも医師はベッドからでることを許しません。会場ではフリーダに代わりリベラが来賓に謝辞をのべているとき「黙るのよ、リベラ」リベラは飛び上がります。「先生、仰せの通りベッドから動かないわ」フリーダは横たわったままベッドごと会場に運び込ませたのです。ものすごい女性ではあります▼この映画の中でもっとも胸をうった絵を一作あげようといわれたらこれを持って帰りたい。フリーダが大怪我の後、父親が寝たままで描ける、ベッドに据付のイーゼルを作ってくれました。そのときからフリーダの絵は本格化します。リベラのアトリエにもっていった絵はこのとき描いた自画像です。フリーダが「あとで見てね」と無造作に廊下に置いて行った絵でした。バックに青を塗り込め目鼻立ちのくっきりした、意志の強そうな娘がこっちをみている。ひと目でハッとするような「晴朗なもの」を湛えている。絵とはこういうものだ。そう思うことがひとつも不愉快でも不自然でもない。じっと見続けていると涙がでそうな、感情の揺曳のなかでなにかがたゆたい、すべての人の魂に絵はなにかを話し始めるのです。ラストは死を前にしたフリーダのこの言葉です。「出口は歓びに満ちているといい。わたしは戻りたくない」いい映画でした。

Pocket
LINEで送る