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特集「銀幕のアーティスト」

2013年7月13日

特集「銀幕のアーティストたち」 4分間のピアニスト (2006年 事実に基づいた映画)

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監督 クリス・クラウス
出演 アレクサンドラ・コルデス/ハンナー・ヘルツシュプルング

人生にほかに何がある? 

 こういう映画を作ってしまうのが音楽の国ドイツなのだろうな。80歳の女性ピアノ教師、トラウデ・クリューガー(アレクサンドラ・コルデス)は殺人罪で服役中のジェニー・フォン・レーベン(ハンナー・ヘルツシュプルング)に出会う。受刑者たちの福利厚生の一環として、俄ごしらえの会場でピアノを弾いていたクリューガーは、グランドピアノの大屋根に映る若い受刑者が、演奏にあわせ指を動かしているのを見た。クリューガーはその指の動きに並々ならぬ才能を直感する。もしピアノコンクールで優勝者をだせば、女性刑務所におけるあなたの指導管理は上層部に強い印象を与えるにちがいない、とクリューガーは所長をおだてあげピアノ・レッスンを指導プログラムに組み入れさせる。受講を希望した四人のうちひとりがジェニーだった▼この先生の厳しいこと。なにしろフルトヴェングラーの若手弟子の最高といわれた人である。彼女の輝かしい未来は戦争とナチズムのためぼろぼろになった。彼女は軍の医務班に看護婦として属し、愛する恋人の処刑を目の当たりに見てこの世のなにも信じず、ただ音楽の美しさだけを信じて生きていこうと決意する。ジェニーは不肖の弟子だった。先生は弟子に「指示に従うこと。体を洗い嫌な臭いを消すこと。無意識に腕を引っ掻く癖をやめること。コンクールをめざす」。以上の約束事を書面にして署名申請させる。申請書を一読した先生は「すみません、お願いします、ありがとうの言葉がない」と指摘。上目遣いでにらみつけ、反抗をむき出しにするジェニーを尻目に「その態度では教えない」さっさと帰ろうとする。ピアノが弾きたくてたまらないジェニーは「あなたの奴隷になる」と、とりあえずいうことをきくことにする。レッスン中も手錠をはめたままである。外してやってくれと先生が頼むと「手錠を外すとあなたが危険だ」ジェニーは後ろ向きになってでもピアノを弾く。天才ピア二ストにするため義父から受けた特訓は苛烈で、ジェニーは12歳にして各国の国際的なコンクール入賞・優勝をはたすが、義父の性的虐待を受け道を踏み外し、恋人の殺人をかばって罪をかぶったのだ。ジェニーに大怪我をさせられ入院していた看守が職場復帰した。彼には幼い娘がおり音楽は彼の心のよりどころだった。刑務所に教えにきたクリューガーをみて「あなたほどの演奏家がなぜこんなところに」といぶかる。ジェニーに対するリンチを見てみぬふりするなどの意地悪もするが(もっとも先に彼を傷めつけたのはジェニーだが)この看守が周囲の無理解に孤立したクリューガーに、最後まで味方する▼ジェニーはだんだん先生に心を開き始める。野獣のように血走り牙を剥いていたジェニーが声をたてて笑うようになった。ふたりが並んで弾く連弾は、世代を超えた芸術家同士の心通いあう美しいシーンだ。ジェニーの曲の解釈は深さをましそれがまた演奏に反映した。先生の妥協を知らぬレッスンに若いジェニーも音をあげる。それでなくとも難しい曲(「テンペスト」)の練習だった。「休ませてください。もう2時間も弾いている」「わたしも同じだけつきあっているわ。あなたは刑務所に入って3年間も休んでいたのよ。これ以休む必要はありません。弾きなさい、早く!」極度のストレスで鏡をこぶしで叩き割るなど、一時はショック状態に陥ったもののジェニーは予選を通過する。喜んで先生の頬に大きな音をたててキス。昼食の野外レストランでは「だれにも言ったことないのよ。恋人にも。好きよ。意味わかる?」意味わかる、には思わず笑った。孫が祖母に「ね、わたしのいっていることわかる?」と確かめるような感覚か。ハンナは手錠をはめられたまま、とまどう先生をすっぽり腕の中に入れてダンスする。彼女は逃亡を図り病院の硝子の壁に激突して気絶したことがある。気がついたジェニーのベッドのそばで「これほどのバカだとは…」頭をかかえる先生に、ジェニーは妊娠したまま受刑者となったこと、陣痛の痛みにたえられず失神して気が付いたときは死産していたこと、死んだ子にオスカーという名前をつけたことを打ち明ける。レッスンは熱をおびてきた。しかし所長らはレッスンの打ち切りを決めた。それならもうここに用はない。先生はピアノの搬出を届け出た▼その日運搬業者がピアノを運び出した。扉の影から姿を表したのはジェニーだ。ピアノがトラックに積み込まれるとともにジェニーも消えた。なんたる大胆不敵、コンクールの本選にジェニーを出場させるため先生は脱獄させるのだ。すべてを手配した看守が見送った「あと4時間もすれば大騒動になります」「ダンケ」。先生の家にひとまず身をかくしたジェニーはコンクール出場の背後に義父がかかわっていることを知り激怒する。たったひとり「好きよ」といった先生も所詮自分をあやつって我欲を満足させるだけだったのか。ジェニーは強烈な右ストレートを80歳の先生にかまし「お前なんか死体愛好家の同性愛者のイカレた女よ」先生はしかしレッスンの最初に言った約束事を思い出させる。自分はレッスンをよい人間にするためにするのではない、良いピアニストにはできても良い人間にはできない。あなたの個人的な事情になにも関心はない。しかし「才能をどぶへ棄てるつもり? 私の恋人は若さのさなかに殺された。彼女の人生はこれからだった。生きていれば才能を活かす努力ができたかもしれないのに。与えられた才能に自分を打ち込む。人生に他に何がある? 生きる目的は人の頭を叩き割ること? 人にはみななすべき使命があるわ。その怠惰なケツをあげて動きなさいッ」気迫に圧倒されジェニーは、先生とともにドイツ・オペラ座に到着する。先生が用意した黒のスリップドレスに身を包んだジェニーが最後にステージに上がった。刑務所では激震が生じていた。刑務所中の車が捜索に走り何台かがオペラ座に急行した。ピアノの前に座ったジェニーを収監しようと楽屋裏に走りこんできた所員に先生は頼む「数分だけ待って」「数分ってどのくらいです」「4分間」ジェニーが曲を弾く時間。これが「4分間のピアニスト」の意味だ▼ラストシーンは涙がにじむ。ジェニーの演奏に会場は「ブラボー、ブラボー」スタンディングオペレーションの嵐。ジェニーは目で先生をさがす。だれにも「わたしは絶対お辞儀なんかしない。頭をさげない。たとえあなたにでも」そう言っていたジェニーは湧きかえる拍手のむこうに小柄な先生を認め、微笑と共に膝を折り深々と完璧な礼を返す。そのとき舞台の両袖から現れた所員が彼女の両手に手錠をはめた…決して明るい映画じゃないのですけど、音楽ある限り絶望はないという未来を、強く感じさせるのはゲルマン魂でしょうか。モーツアルトのピアノ・ソナタ11番の第一楽章、ラストでジェニーが弾くのはシューマンのピアノ協奏曲。協奏曲がなんでバックのオーケストラなしに弾けるのや、と思うかもしれませんが、彼女はこれをアドリブで変奏し、バージョンアップした独立曲にアレンジしています。

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