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特集「銀幕のアーティスト」

2013年7月15日

特集「銀幕のアーティストたち」 セラフィーヌの庭 (2008年 伝記映画)

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監督 マルタン・プロヴォスト
出演 ヨランド・モロー/ウルリッヒ・トゥクル

妖しくも美しく 

 胸がいたくなる。セラフィーヌ(ヨランド・モロー)は40歳をすぎて守護天使のお告げを受け独学で絵を描き始めた。絵の具はすべて手製。草や木や、根っこや臓物から作り唯一白だけを画材店で買った。貧しいくらしだ。彼女が住む町はパリの郊外サンリス。セラフィーヌは家政婦として働きながら、明けても暮れても絵を描くことに没頭する。1912年。セラフィーヌが家政婦をする家にドイツ人の画商ウーデが間借りした。ピカソとブラックを見出し、ルソーを擁護し無名だったデュフィやローランサンに注目させた画商である。草花をかきながらも暗い情熱が脈打っているセラフィーヌの絵にウーデは惚れ込む。しかし第一次世界大戦の勃発でドイツとフランスは敵味方となりウーデは「絵を書き続けるように」とセラフィーヌに言い残しフランスを脱出する▼1927年。フランスにもどったウーデは妹のアドバイスで市役所の市民展覧会を見にいく。そこには忘れようのないセラフィーヌの絵が、しかも格段にグレードアップした絵があった。15年たっていた。ウーデはすぐ彼女のもとに赴く。戦争中も部屋に閉じこもり一日一食できりつめ描いていたのだ。同じアパートに住む若い娘ミヌーシュがスープを作り「暖かいうちに」とすすめても「今日は食べたから明日にするわ。食器は洗って返すわ」ミヌーシュは変わり者といわれ気味悪がられているセラフィーヌの、数少ない味方だった。セラフィーヌを本格的に売り出すことを決めたウーデはパリの個展を計画する。セラフィーヌは喜びにあふれ、閉ざしていた心を開き、だれにも見せなかった自作の絵を近所の人たちに見せる。およそ絵などみたことのない人たちだ。彼等は素直な目で言う「なんて美しいの。とってもきれいよ」「昆虫が隠れて花が動いているようだわ」「悲しげな目やちぎれた肉のようだわ」妖しくも美しく、淫靡にも気高く、セラフィーヌの画業は頂点に達していた。ウーデが一定の収入を約束したおかげでセラフィーヌの生活は一変する。手がでなかった絵の具もキャンパスもウーデが送ってくれる。広い家に移り食器も皿も豪華なセットで揃える。ミヌーシュとある日出かけたのは家を買うため、それも「赤い城」と呼ばれる豪邸だった。しかし時代は1929年大恐慌が始まっていた。ヨーロッパもまた不況のあおりをうけウーデの事業は縮小。セラフィーヌの乱費を持ちこたえる財力はなかった。個展の延期を告げたウーデを、あまりに無垢なセラフィーヌの精神は自分の絵に対する裏切りとしかとらえられなかった▼精神に変調をきたしたセラフィーヌは50代から60代の13年間を精神病院ですごす。亡くなったのは1942年78歳、クレルモン療養所だった。絵を描くことを奪われたセラフィーヌに残された安寧は、空や木や草や風との対話だった。セラフィーヌはウーデにこう言ったことがある「植物や動物を話すと悲しみが消えます。悲しいときは田舎に行き、木にさわるといいですよ」。ウーデはしばしばセラフィーヌを病院に見舞い、幽鬼のごとく大部屋をさまよう患者たちと離して、セラフィーヌのために清潔で静かな個室を用意した。屋外にもでられるその部屋で、ある日セラフィーヌは大樹をみる。豊かな葉むらを風にそよがせながら小ゆるぎもせず、自若として立ち大空に梢をのばす木のそばにセラフィーヌは近づく。空と木とセラフィーヌしかいないスクリーンの空間が美しい。運命とはなんだろう。もし戦争がなければ、大恐慌がなければ、セラフィーヌとウーデが再会して無事個展が開催されていれば。人間を飲み込み翻弄する巨大な歯車の前に、自己責任などという小賢しい設定は砕け散る。

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